二
リース大佐の執務室に着き、ノックをすると、大佐自ら扉を開けにきた。
「リース大佐、フォン・アレティン、本日帰参しました」
リース大佐は喜色を露わに、俺の肩を叩いた。
「よく戻ってきてくれた、アレティン中尉」
中へと誘われた。俺の帰参の日時は耳にしていただろうが、こうして会うのはまた気持ちが違う。俺もまた大佐と再会できて嬉しく感じていた。
「丁度暇を持て余していた所だ」
「シュテヒリング中将への挨拶を終えて、真直ぐにここに来ました」
「それは嬉しい言葉だな。しかし、まだ貴官の上司や中隊へは顔を出していないのか。長く引き留めてはいかんかな」
「まあ、かれらには一杯奢るつもりでおりましたから。当然伍長にも」
ホップ伍長は後ろでかしこまっていた。それがいい、とリース大佐は破顔した。ヴァイゲル少佐は痩せたが、ヨハンセン中尉は太くなったと続けた。
「皆に苦労を掛けたようです。言葉だけでなく労りたいです」
「皆、貴官の負傷がきちんと治るか気に掛けていた」
左足を軽く叩いてみせた。
「完治しました。全速力で走るも馬を疾駆させるもできますよ」
「それは頼もしいことだ」
リース大佐はふと表情を変えた。
「シュテヒリング中将はご自身の身の振り方について何か口にされたか?」
「いいえ、自分には何も仰言いませんでした」
国がプロイセンと併合されるのだから、軍制もプロイセン風に改められるだろうし、そうなると上層部での人事異動がどうなるか、難しい所だろう。中将は実戦指揮をしていないが、ハノーファー軍と一緒にプロイセン軍と戦った将の一人だ。扱いように困るのかも知れない。
「恐らくここの軍団長のままではなかろう。階級を一つ上げた上で首都勤務に異動し閑職に付かされるか、予備役編入になるか、どちらかだろうと思う」
シュテヒリング中将はお年と言っても、プロイセン軍には同じような年齢の将軍がいるのだから、大佐の言うような処遇になれば引退を強要するようなものだ。しかし、プロイセン軍で総参謀長の作戦を無視したり、宰相に強硬路線を取るよう意見を迫ったりした将校がいたらしい。その連中がどうなるか、完全に他人事で見物だ。
「カレンブルクだけでなく、ハノーファーやナッサウでも同様だが、軍人たちの去就は各々の希望を優先できるように上で計られるだろう」
王国の存続がないと決まったのだから退職希望者を引き留めないし、きちんと賃金や退職保証する方向に決定されるだろう。そうでなくても辞める者が出てくるだろうし、それを受け入れるのが国土と国王に忠誠を尽くした者への国としての責任であり、最後の威厳だ。
「自分は辞めません。ここに残ります」
「有難い。私も残留の意思は上に伝えている。
ヴァイゲル少佐はここを去るそうだ」
「少佐が?」
「プロイセン軍の下風に立ちたくないと、ザクセン軍へ入ることを希望している」
この戦いでの敗者の中で独立を守ったのはザクセン王国。そこでまたプロイセンと対峙する、そこまで意地を貫き通すつもりなのか。ヴァイゲル少佐の為人を熟知しているとは言えないが、生まれ故郷を離れてまでもプロイセン憎しなのか、それとも独立を守れなかった国に何の未練も感じないのか。軍人を続けるにしても、俺とは全く違った生き方があるのだと、驚嘆を隠せなかった。