三
死の翼に覆われ、リンデンバウム家は静けさに包まれた。エリザベートも俺も涙を隠せなかった。ディナスは肩を震わせ、声を堪えていたようだった。
俺はディナスの側に寄り、腕を掴んだ。ディナスは肩に手を回し、俺の体を強く抱き寄せた。主人と執事ではなく、一人の女性の死を悼む二人として、この場にいたかった。
次は悲しみを儀式として執り行わなければならない。俺が命じる前にディナスはホフマンに協力したいと申し出てきた。俺が否と告げる理由はなかった。
リンデンバウム家の親戚たちに急ぎ知らせを出し、葬儀の支度に取り掛かる。
伯母の一人のエレオノーラは嫁ぎ先で子供を生すことなく亡くなっていたが、葬儀を取り仕切ると口を出してきたのは、この伯母の夫であったアイゼンハルト侯爵だった。今更そこまでする縁があるのかと思ったが、侯爵やホフマンは、フェリシア伯母が委任状を渡していた管財人はアイゼンハルト侯爵の紹介を通していたし、葬儀に関してフェリシア伯母に生前から頼まれていたと、言うので、それを信じるしかなかった。
侯爵はリンデンバウムの屋敷の主人であるかのように指示をし、弔問客からの挨拶を受けていた。
伯母から充分な愛情と形見を受け取った俺には、あるじのいなくなったこの屋敷は空虚な棺と同じだ。侯爵が葬儀後、管財人と共にリンデンバウム家の財産をどう扱おうが、口出しできないし、知ったことではない。
伯母の棺は白い花で飾られた。アイゼンハルト侯爵は一つだけいい話を教えてくれた。フェリシア伯母もベルンハルト伯父も鈴蘭が好きだったそうだ。ディナスはそれを知っていたのだろう。豪華な大輪の花よりも、葉の陰に隠れそうな小さな香り高い白い花が伯母には相応しい。
弔問の客の中に、以前会った子爵令嬢がいた。名前を忘れた。じゃじゃ馬としか覚えていない。
「お久し振りです。アグラーヤ・フォン・ハーゼルブルグですわ、アレティンさん」
と向こうから声を掛けてきた。
「お久し振りです、フロイライン。伯母の葬儀に来ていただき、有難うございます」
「いいえ、伯爵にはお世話になりました。当然のことです」
黒い面紗の奥の瞳に嘘はないようだ。
子爵令嬢の後ろに控えている女性たちが、アグラーヤと小声で呼んでいる。
「ご姉妹ですか?」
「ええ、それとお友達も。フェリシア様とは朗読会や小さな演奏会でよくお会いして、お話をしていました。その仲間です」
子爵令嬢は女性たちに振り返ると、女性たちがさっと寄ってきた。
「このような場でごめんなさい。皆さま、一言ご挨拶したいと仰言るから。
この方がフェリシア様の甥御さまよ」
葬儀の場で、好奇心丸出しの目で見られ、値踏みされる家畜のような気分になる。
「オスカー・フォン・アレティンと申します」
歓声こそあがらなかったが、女性たちが喜んでいる様子が判った。子爵令嬢が紹介するまでもなく、口々に自分で名乗りはじめたが、名前も顔も覚えきれない。判ったのは、皆爵位をお持ちのお家のお嬢様であるくらいだ。
今後会う機会があるかどうかも知れない令嬢たちと別れ、ディナスらを労いに行った。
葬儀が終われば、俺はまた自分の世界に戻るのだ。華やかさに惑わされまい。
伯母が言い遺していた伯父の結婚相手、巴里に住むお針子の連絡先が控えてあったので、彼の女にも手紙を送っていた。やや遅れて返信が届いた。葬儀に行けないことと、フェリシア伯母の死を悼む言葉が綴られていた。葬儀に来ていた客よりも、彼の女の言葉が胸に響いた。
「諸事情がござまして、巴里から出られませんので、お悔やみに参上できないことをお許しください。また参ったとしてもわたくしは場違いな者でございます。お察しください。
フェリシア様には一度もお目に掛かれませんでしたが、ベルンハルトからのお話、またベルンハルト亡き後のフェリシア様からのお手紙で、お優しい人柄を思い浮かべ、本当の姉妹であればと身を弁えず、夢見たものでした。
今は悲しみで瞳が曇るばかりです。心からお悔やみ申し上げます。
アレティン様へ ラ・ヴァリエールより」
忘るるは うき世のつねと 思ふにも 身をやるかたの なきぞわびぬる
紫式部