七
辞令が来るまでの間、一応シュルツが大尉と階級が上なので、シュルツの小間使いでもしてみようかと埒もないことを考えていると、一通の手紙が届いた。差出人はシューマッハ中尉だった。
シューマッハ中尉が昴で良い店を知っているか、あれば連れていってくれ、ゆっくり話がしたいと、書かれていた。
昴、士官学校を出てから南部に赴任したきりで、どこら辺が良い店なのか自分は知らない。士官向きの店となれば、首都勤務のシュルツに尋ねるのが早い。
「貴様と飲むのはいいが、プロイセンの奴が付いてくるのはやめてくれ」
シュルツの答えは簡潔だ。
「それにこちらは補助の者がいるのだから、貴様の為に失業させられん」
「小間使いは冗談だ。貴様が飲みに連れていって教えてくれれば、次に俺がそのプロイセン士官を連れていく。順番どおりでいいじゃないか」
「俺は自宅に連れていって、貴様に女房を紹介したかったのだがなぁ」
確かにハノーファーに合同演習に行く直前で、ややきな臭い時期の結婚式だったから、シュルツの式には欠席している。
「それもいいさ。士官向きの店を何かに書き付けてくれればそれでいい」
こうしてシュルツの新婚宅に招待されることになった。
シュルツの妻は色の白い、幼さを感じさせる女性だった。頬の雀斑がそう見せるのかも知れなかった。くすんだ金髪と灰色の瞳をして愛らしく微笑んでいた。
「妻のヨハンナだ。
ヨハンナ、こちらは士官学校で同期だったオスカー・フォン・アレティンだ」
「初めまして、ヨハンナです。夫ともどもこれからもよろしくお願いします」
「アレティンです。こちらこそよろしくお願いします」
結婚してから数ヶ月だ。まだまだ拙い所があるようだ。シュルツが小言交じりに食卓の準備を手伝っている。新婚家庭に邪魔している身にはまこと居心地が悪い。べたべたと一緒になにかしていたいだけではないのか。
「客人をもてなすのに慣れていなくて悪いな」
「初々しくて素晴らしい女性じゃないか。気を遣わせて済まない」
手土産に持ってきた銘店の焼き菓子は二人で楽しんでくれ。
「まずは一献いこうじゃないか」
「ああ」
乾杯とともに夕餉が始まった。当たり障りなく、ハノーファー市と昴の印象の違いなどを話題にしていた。
ヨハンナは男同士の会話に割り込んではいけないと心得ながらも、喋りたくなるらしく、口を挟んだ。
「ハノーファーの王様は目が不自由でいらしたけれど、その分耳が良くて、ピアノは単なるご趣味程度ではなかったと聞いていますわ」
軍服を着て馬に乗るよりは向いているのかも知れないとしか、こちらは答えられない。
「そこは詳しくないので申し訳ない」
「はあ……」
妻が台所に下がった時にシュルツは小声で言った。
「女のお喋りは気にしないでくれ。やはり王様やお姫様は、知っておきたいお話なんだよ」
「その程度で済んでいるなら可愛いものだ」
「貴様が後顧の憂いの無いようにと考えるのもいいが、ストア派みたいに過す必要はない。使用人や従卒以外から出迎えを受ける生活は悪くないぞ」
惚気だな。
「退役するまでには考えるさ」
「へそ曲がり」
「お互いにな」