五
戦傷の具合が良くないからと断りを入れたら、見舞いに来ようとアグラーヤが伝えてきた。
嘘で言い逃れしているのは見苦しい。我が家ではなく、今アグラーヤが住んでいるローンフェルト家にこちらから出向こう。
その旨をしたためて伝えると、お待ちしていますと、空いている日時を知らせる返事が来た。どのような姿をしたものであろう。お互い独身同士、伯母の縁で知り合った幼馴染といった体で振る舞おう。
決めてしまえば気が楽になる。結局何も決めずにおろおろ悩んでいるのが一番よくない。軍人は行動あるのみだ。
当日、緊張を含みながらローンフェルト家を訪問した。南部軍団にアンドレーアスやアグラーヤが面会に来た時には話に聞くだけで会っていない。全くの初対面の名士の家に赴いたのだ。訪問の旨を聞いた使用人は俺をどう扱うか。真逆家庭教師の客人を裏口から通しはしまい。
「主人から承っております。どうぞお入りください」
召使いは丁寧に挨拶し、玄関を通してくれた。
「ご機嫌よう、アレティンさん」
アグラーヤがにこやかに出迎えてくれた。側にいるのはこの家の女主人と教え子である子どもたちのようだ。
「ご機嫌よう、フロイライン・ハーゼルブルグ。
先生のお勤め先ですのに、押しかけてきて申し訳ない」
アグラーヤは微笑んで、側の婦人に声を掛けた。
「ローンフェルトの奥様、こちらがわたしの友人のオスカー・フォン・アレティン中尉です。アレティン中尉、この方がローンフェルト家の奥様です」
「初めまして、ご機嫌よろしう、ローンフェルトの奥様。オスカー・フォン・アレティンと申します」
夫人も愛想よく応えた。
「初めまして、ご機嫌よう、アレティン中尉。わたくしはコンスタンツェと申します。主人が仕事で留守にしているものですから、わたくしがご挨拶に出てきました。
先生からお話は伺っておりますわ。ランゲンザルツァで負傷なさったそうですね。もうお加減はよろしいのですか? 先生は大分心配しておりましたよ」
「足を少々痛めました。今は以前と変わりないくらいに治りました」
「それはよろしかったこと」
子どもたちが退屈したようにローンフェルト夫人やアグラーヤの服の裾を引っ張った。
「ええ、ええ、判りましたよ。ただ先生のお客様なのですから騒いではいけませんよ。ご挨拶をしたら下がりますよ」
子どもたちは待っていましたと澄ました様子で挨拶をした。それぞれちゃんと練習していたような仕草が幼さを物語っていて微笑ましい。俺もできるだけ真剣に、そして大仰に挨拶を返した。子どもたちは上手くできたでしょうと母親に問い掛け、夫人は嬉しそうに褒めている。
「さ、ご挨拶が済んだのですから、お部屋に行きましょう。先生はお客様がお帰りになってから相手をしてくれますよ。
それではわたくしと子どもたちは下がります。後でお茶を運ばせますので、アレティンさんはゆっくりしていってください」
ローンフェルト夫人と子どもたちはそう言って、応接間を下がっていった。
ほっとして、俺とアグラーヤは目を合わせた。
「本当にご無事な様子を確かめられて、やっと安心しました」
アグラーヤは俺にすがりつかんばかりだった。後ずさりはしなかったが、俺は引きずられてはいけないと、自分に言い聞かせた。




