二
ルドルフ・シューマッハ中尉。
向こうも俺を思い出したらしい。軽く手を上げてみせた。同僚に断りを入れたようで、簡単に話を終えると俺の方に近付いてきた。
「アレティン中尉? だったかな」
「ああ、オスカー・フォン・アレティン中尉だ、シューマッハ中尉。息災のようだ」
握手を交わし、自然と会話が続いた。
「ああ、勿論だ。貴官は全快したようだな。足に添え木を巻き付けて、無精髭でいる時の顔で覚えていたから、なかなか気付かなかったぞ。
随分と見違えるものだ」
俺は顎を撫で、笑ってみせた。
「男振りが上がったろう。
戦場とは違う場所で再会できて、嬉しいと言っておく」
シューマッハ中尉の笑顔は人を和ませる。この男には信頼を寄せたくなるようなよいものを感じる。
「小官も同じだ。貴官が軍を辞さないのなら、これからは同じ軍の人間同士だ。うまくやっていきたい」
「ああ」
心からそう思う。
「まだ忙しいようだな」
「まあな、だが今日のところはだいたい終わりだ」
「こちらはまだ自宅待機だ。忙しいのも困るが、これもな。南部軍団の様子も知る術がない」
シューマッハは苦笑気味に肩をすくめた。
「新しい辞令の決裁を出すどころではないのだろう。こちらの宰相閣下は馬車馬のごとくお働きだ。周りはその案件に目を通すだけで一杯一杯だと思う」
勝ったら勝ったで楽ばかりではない。負けた側の心証を慮りながらの併合だ。
「アレティン!」
離れた場所から声が掛けられた。この声はシュルツだ。
「来ていたのか」
歩み寄りながらシュルツはシューマッハ中尉に気付いた。表情がふっと固まる。笑顔のまま心を閉ざしている。
「おや、プロイセンの士官どのとお知り合いだったか?」
シュルツに挨拶をして、説明した。
「ランゲンザルツァで知り合った。その時の輜重隊で来ていた」
「ええ、その時治療所でアレティン中尉と会いました。
シューマッハ中尉です。お名前を伺っておりましたね、確か……」
「シュルツ大尉です。士官学校でアレティンと同期でした」
シューマッハは警戒の色を見せない。シュルツとは対照的だ。
「お仕事の話もあるでしょうし、同期での積もる話もおありでしょう。小官はこれで失礼します」
「時間を取らせて済まなかった。しばらくは昴に?」
「ああ、軍で接収した宿でそこを根城にしてしばらくはこちらで仕事だ」
宿の名前を教え、それではまた会おうと、シューマッハは告げた。こちらも、また会おうと告げ、シューマッハは仲間の士官の所へ戻っていった。
「アウフ・ヴィーダーゼーエン(また会おう、ドイツ語でさようならの意)は便利な言葉だ」
「チュース(またね、くらいの軽い別れの挨拶)と気軽に言われるよりはましだ。また顔を合わせる機会があるのだろうし。
それとも大尉殿はプロイセン士官が気に食わないか」
ふん、とシュルツは鼻で笑った。
「いやいや、あいつは姓名からして平民だが、貴様と同じで育ちは良さそうだ。しかし、貴様と違って暗さを感じない。性格に裏表がないというか、駆け引きが苦手そうな奴だと見た」
俺たちより三つ、四つ年上の相手のはずだが、シュルツの人相見は容赦がない。
「真面目に帳簿合わせをしている分には問題あるまい」
「それもそうだ」
俺はシュルツに今日本部に来た目的と結果を話した。
「南部に移動するにしても鉄道や馬車を使っていいかの決済が必要になるからな。士官一人であっても許可を出すのに時間が掛かるし、今の状況では待っていたらいつになるか判らん」
「許可なしで勝手はできん」
諦めて大人しくしていろとシュルツが肩を叩いた。長い休暇だと思うしかないか。
「辛気臭い男が相手で悪いが、後で飲みに出ないか?」
シュルツは申し訳なさそうに首を振った。
「今日は女房に早く帰れと言われている。また今度にしてくれ」
便利な言葉は幾らでもあるものだ。シュルツのような無愛想な男でも結婚して、その妻には頭が上がらないというのだから、好んで妻帯する奴の気が知れない。