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君影草  作者: 惠美子
第十一章 プロイセンの青
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 夏が終わる。

 七月のニコルスブルグの仮講和条約は、八月二十三日にプラハの平和条約として正式に締結された。訂正も改変もなかった。

 ゲルマンの緑深き土地の中でも星空が格別に美しいと称えられた首都昴(プレヤデン)はプロイセン王国の一つの街に過ぎなくなる。王、ゲオルク2世の帰還を求め、プロイセンとの併合に反対する者たちが過激な言辞でパンフレットを作成し、街頭で呼び掛けていた。目を合わせないように足早に去ろうとする者を無理矢理引き留めようとしたり、些細な意見の違いから罵り合いをはじめたりと、バリケードを築いての市街戦まで発展しなかったが、宮殿や市庁舎の周囲は喧騒が続き、夜は外出しないようにと用心を怠れなかった。やがて官憲の警戒や駐在するプロイセン軍の存在から、徐々にそんな動きは下火になっていった。

 プロイセンへの帰属に反対するよりも、戦争に負けたのだから戦勝国、より強い国に付いていくべきだと感ずる者が大勢のようだ。

 そうだろう。

 我が国は自由都市のハンブルクやフランクフルトと違っている。自由・自立の気風は薄い。プロイセンやハノーファー、フランクフルトへの通り道のような場所にあり、商業が盛んなのは首都やフランクフルト近くの南部ばかり。工業は首都に集中し、農業が中心の国だ。民は国の父たる王に守られ、従い、暮らしてきて、それに慣れきっていた。戴く君主が変わるだけで、今までと大差ないと諦めるように現状を受け入れていくのだろう。

 俺もまたそうなる。今まで軍人として過してきた。戦いの中での高揚を知り、命の儚さを知った。異なる生き方はできない。

 踏み出した道を引き返さない、振り返れば、俺が流してきた血が見えるだけだ。

 日差しに夏の名残りがあるが、空気に秋の気配が混じってくる。

 風が秋を伝えてくる。

 秋の風が果実の実りを促しているが、俺の心中には乾ききっている。

 俺は(プレヤデン)の陸軍本部に顔を出した。

 左足はとっくに治った。俺の体調はすこぶるいい。そのために次の勤務の指示を受けようと強いるのだが、二時間待たされたが、何も辞令や命令は出されなかった。今のところは待機せよの言葉しかない。俺は軍に籍を置き続ける意思があると伝え、訴えて終わりだ。

 南部軍団に戻るなり、本部勤務をするなりの仕事が欲しい。プロイセン軍に組み入れられるにせよ、戦いで痛めつけられた南部軍団を立て直しておくべきだ。ブルックたちの様子も気になる。

 ()(さか)これからの軍の人事も兵站もプロイセンに一任するから、何もしない、できないで通すつもりか。

 有り得ない話ではない。元々軍制が優れていたとは言えない我が国だ。ここは優れた軍制改革を実行し、戦いに勝ったプロイセンに丸投げした方が効率がいいとお偉方は考えているのかも知れない。それでなくても、お偉方は併合されたらどうなるかと、あちこち整合性を考えなくてはならないようで、軍事は後回しにするつもりらしい。

 大っぴらに溜息を吐くこともできず、俺はゆっくりと廊下を出て、玄関近くの広間を通った。

 何人かプロイセンの士官がいる。事務方だろう。ここはお互い事務方が苦労しているはずだ。

 その中の一人がふと俺の方を見た。俺もその士官を見た。

 見覚えがある。誰だっただろう、記憶を探った。


 ――ああ、判った。


 ほっとした気持ちになった。

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