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君影草  作者: 惠美子
第十章 昴
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 鳴り響く銃声に、屋敷の者たちは沈黙し、身を縮めている。使用人たちには庭とその近くに来ないように命じている。

 俺は周囲にどう思われようが構わず庭木を的にして、銃を撃ち続けた。左足に踏ん張りが利かず、反動でふらつくが、杖など邪魔だ。銃弾を装填し、ひたすら真正面の木を狙う。

 ディナスが様子を窺いにきたが、すぐに去った。俺の気の済むまで放っておいてくれると決めたのだろう。

 休戦交渉の、平和条約の内容が知らされた。

 一言で表せば、プロイセンは、いや、ビスマルクは上手くやった、となるだろう。

 カトリックのオーストリアがプロテスタントのプロイセンに敗れたのに、カトリックのフランス(主に革新左派らしいが)が喜び、巴里の株式市場で値が上がっているとは解せないが、アンドレーアスはこれまでの損を取り戻すと、知らせを寄越した。株は俺には判らぬ類の賭け事である。そこはアンドレーアスに任せよう。

 ニコルスブルグでの休戦交渉で、ビスマルクはフランスのナポレオン3世に口出しさせなかった。イタリアにも同様だ。

 ドナウ河畔まで攻め入りながら、ビルマルクは維納陥落を望まなかった。ビスマルクの目的はオーストリアをねじ伏せ、影響力を削ぐことで、占領ではなかった。大ドイツ主義ではなく、小ドイツ主義へ転換させてドイツを統一し、プロイセンがその主導権を握ること。そのためにはザクセンやオーストリアの領土分割を望む国王のヴィルヘルム1世を、決定的な戦勝を望む軍部を、説得しつつ、交渉に臨んだ。

 七月二十六日、ニコルスブルグでの話し合いの結果、仮条約が成立した。後日正式な平和条約を締結すると約束された。

 この戦いによって、従来のドイツ連邦は解体され、オーストリアはプロイセンがマイン河以北で新組織、北ドイツ連邦を創設することを妨げない、オーストリアはそれまで領有していたヴェネツィアをイタリアに割譲する、そのほかの領土は維持できると決められた。オーストリアが負担する賠償金は二千万ターレル。

 この戦争の元となったシュレスヴィヒとホルシュタインの二つの公国の帰属問題は、オーストリアが一切を放棄し、プロイセンの独占となった。

 そして、プロイセンが宣戦布告したオーストリア以外の周辺諸邦、カレンブルク、ハノーファー、ザクセン、ヘッセンはザクセン王国を除き、プロイセンと併合される。また、ナッサウとフランクフルトともまたプロイセンの領土となる。

 ザクセンはオーストリアが存続を強く望んだから、そして、プロイセン側としてはザクセンに存続の恩を売りながら、北ドイツ連邦に組み入れると容赦ない条件を突き付けた。

 終始逃げ腰だったバイエルン王国は、ウェルツブルグ要塞都市の戦いで七月二十八日に降伏したが、幸運なことにニコルスブルグでの休戦交渉が始まっていたために停戦となり、多額の賠償金を支払うことになったが、独立は守られた。ともにバイエルンのヴィッテルスバッハ家出身のオーストリア皇帝の母と妻は、本家のルードヴィヒ2世の頼りなさに憤慨したという。

 こんな虚しい夏の日を迎えるとは、誰が知ろう。

 シュミットよ、生き残った我々を憐れむか。貴様の血で何が購えた? 我々の戦果は何だったのだ。

 我々の国はなくなってしまう。滅んでしまう。我が主君と呼んだ方はこのまま維納に亡命となるのだろう。

 さあ、動けよ、この足。痛みで立ち止まっている場合ではない。国が滅びたからには、奴隷となるとも生きていかなければならない。今までとは違った色合いの青の軍服を着て、なおも俺は戦い続けるだろう。

 引き金を引くとともに、俺の心よ、()けて無くなれ。

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