四
「貴様の見舞いに来たはずなのに、シュレーダーの話になってしまったな」
「ああ、士官学校で共に過ごした仲間はやはり忘れがたい」
「足の具合はどうなんだ」
やっと見舞いの話題だな。
「馬が引きずっていたそのプロイセン軍の士官に吹っ飛ばされて左足を捻じってね。骨は無事だったから、固定していれば治ると診断されたよ」
「それなら安心だ、しばらく大人しくしていればいいのだろう?」
「ああ、そうだ」
シュルツは心底安心したという顔をした。持つべきは同期か。話していてこちらも穏やかになれる。
だが、俺は難しい質問をした。
「シュルツ大尉、本部にいるのなら東部の戦況の情報は詳しいのか?」
シュルツの笑顔は変わらなかった。しかし、心の内がさっと読めなくなった。
「尉官程度じゃ大したことは知らされんよ。ペーターゼンだって関わりのない所にいる」
本当に知らないのかも知れない。しかし、同期同士でも職務上話せないことがあるだろう。そしてシュルツの性格からして、はっきりと確認していない事柄を話したりしない。噂が大きくなるのを嫌う。
「いいさ。ただ俺の話すことを黙って聞いていてくれればいい」
「ああ……?」
「国王陛下はハノーファー国王とオーストリアの維納に行ってしまわれた。カレンブルクにお戻りになると思うか?」
シュルツは黙って小さく首を振った。
「講和の条件が示されなければ判断できないか」
「ああ」
「ケーニヒグレーツの戦況を聞いて連邦軍の第七軍団は戦わずにフランクフルト方面に退却したと聞いている。おまけにルードヴィヒ2世は雲隠れしたともゴシップが流れている」
シュルツは笑って肯いた。あながちデマでもなさそうな。
「オーストリアは休戦して協議に持ち込みたいようだが、プロイセン側がはねつけた。プロイセンはまだ落としどころを探っているのか」
シュルツはまた首を振る。
「どこまで攻め込むか、だろうか。プロイセン軍はオーストリア国境もバイエルン国境も超えた。漁夫の利を狙うフランスを無視するくらいの有利が欲しいのかも知れない」
「だろうな。ただ勝ちすぎて、ヴィルヘルム1世と宰相と軍部の思惑がずれてくる可能性もある」
俺は顎に手を当てた。戦いは人命を損ねるが、勝った方には欲が出てくる。
「勝っても戦争は金が掛かる。賠償金を取るつもりなのだろうか」
シュルツは溜息を吐いた。
「そこは政治の問題だ。俺には判らん」
「そうだな、ただこのまま座していたら、フランクフルトや昴の銀行も強制徴用の対象になるかもしれん」
「カレンブルクは降伏した側だからな、フランクフルトがこれまでの戦況から鑑みて、プロイセン軍を撃退するとは思えない」
「同感だ」
小難しい話はこれでやめにして、思い出話やそれぞれの近況を話して、シュルツは本部へと戻っていった。
俺は俺でディナスに投資している商会や預金のことで相談があるから管財人を呼ぶように命じた。分散している財産で急いで口座を移動した方がよいものがあるか検討しなければならない。俺は職務でそれどころではなかったので、商会の方で開戦前に先んじて動いていてくれていたのかも知れないが、自分名義の財産だ、目を通しておかなくては。
ディナスの揃えた帳簿の内容や、慌ててやって来た管財人からの話からすると、フランクフルトの銀行からは動かせるだけは動かして口座に大きな額は残していないこと、昴の銀行やプロイセンに支店のある銀行に移していること、しかし昴の口座は凍結されてしまっていることを知らされた。
戦争の成り行き次第で丸裸にされないように知恵を絞っていてくれたようだ。プロイセンの金融口座が名義人を辿って徴用されるかまでは保証の限りではないので、そこは運に任せるしかない。