三
扉を叩く音がした。
「入れ」
ディナスが音も立てずに書斎に入ってきた。
「お仕事中申し訳ござませんが」
仕事も何も……。
「どうした?」
「旦那様にお客様です。軍人の方で、シュルツ大尉とお名乗りでした」
懐かしい名だ。おさまりの悪い癖の強い髪と青い目を思い出す。
「士官学校の同期だ。すぐに会おう」
「こちらにお通ししますか?」
「いや、散らかっているから応接間にする」
「ではそのように用意します」
ディナスは一礼して準備のため下がった。俺はサイドテーブルに広げた新聞をとんとんと揃えて、雑ではあるが、畳んで置いた。杖を取り、立ち上がった。左足の筋の回復途上なので、まだ痛みがあるが、萎えないように動き回るように心掛けている。貴婦人よりは速足だ。杖を付きながら、応接間に向かった。
応接間に入ると、ディナスの淹れたコーヒーを前にしたパウル・シュルツが座っていた。
「久闊」
俺の顔を見て、シュルツが立ち上がって歩み寄ってきた。こいつの口振りは変わらない。
「ああ、久し振りだ」
シュルツは俺の杖を見、そして肩を抱いた。
「酒臭いぞ、昼間から」
「情報を整理していてね、回転を良くするために頭に油を注したのさ」
「空回りしても知らんぞ」
「貴様もどうだ?」
「いや、後で本部に戻るし、折角貴様の家の執事が淹れてくれたのだ、コーヒーをいただくよ。
南部軍団の士官を調べていたら、貴様負傷したというじゃないか。陸軍病院に問い合わせたら、貴様はとっくに退院して自宅療養というから見舞いに来てやったんだ。有難く思えよ」
「大尉どのの情報網はしっかりしているようだな」
「からかうな、本部の人事の順送りにうまく乗れたから幸運だったんだ」
挨拶を終えて、席に着く。俺の動きを見ながら、シュルツは言った。
「俺が以前にホルシュタイン公国に行ったなぞただの行軍に過ぎなかった。それに比べて貴様は活躍したようだな、名誉の負傷だ。プロイセン軍の落馬した将校を救ったとか聞いたぞ」
どこでそう話が大きくなるのだろう。俺は手を振った。
「救っちゃいない。落ちた士官を引きずっている軍馬が疾駆していた上に、士官の体が振り回されていて危険だから撃ったが、その時点で士官は撃たれたのだか、どこかを強く打ち付けたのか知らんが、絶命していたぞ」
「なんだ、詰まらん」
「戦場でそうそう楽しい話があってたまるか。遺体の損傷が少なくて済んだ程度で、その士官が生きていないのは変わらない。
それに、シュレーダーの幼年学校時代の先輩が同じ佐官の大隊にいて、ランゲルザルツァで俺を庇って亡くなった」
「そうか、シュレーダーの……」
シュルツは士官学校時代を思い出したか、ふと目を伏せた。
「貴様はシュレーダーのその後の消息を知っているか?」
「いや、知らない」
「俺もだ。一度昴の印刷工場で勤めたと聞いたが、また病が出てきて、辞めたそうだ。俺が知るのはそこまでだ」
昴に居続けたシュルツも知らないのか。
「生きているなら、また会えることもあるだろう」
「そうだな」
胸の病は養生が難しい。アルベルト・シュレーダーのようないい奴には生きていて欲しい。お互い慰めるように、微笑み合った。




