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君影草  作者: 惠美子
第十章 昴
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 俺たちカレンブルク南部軍団はハノーファー軍とともにドイツ西部で戦った。しかしオーストリア帝国とプロイセン王国も互いに遅れて宣戦布告をし、戦端は開かれた。場所を(たが)えて同時進行で戦いが展開し、それぞれに続けられている。

 六月十五日に我が国やハノーファー、ヘッセンと同様に宣戦布告を受けたザクセンは十八日にはプロイセンの侵攻を受け、首都ドレスデンを占領された。始めに挑戦をされた諸邦の首都は早々にプロイセンの手に落ちたことになる。それでもなお我々は戦い、降伏した。

 一方ヘッセンの公子はまだ連邦軍第八軍団の中にあり、ザクセンの王太子もまた、オーストリア軍と行動を共にしている。

 プロイセン軍の侵攻にさしたる抵抗をせずにユートラント半島を出て、我々が待機していたハノーファー市の駅で何の挨拶もなく通過していったガブレンツ中将は急ぎの甲斐あって、オーストリア軍での戦いに間に合った。

 七月三日、ボヘミアの地、ケーニヒグレーツの戦いがあった。朝から夕まで、広範囲に亘る激戦であったという。オーストリア軍は一時的に優位であったものの、やはりプロイセン軍の最新の火器と、移動の速さからの猛攻に次第に崩されていった。プロイセン軍は完全な包囲網で攻められなかったらしいが、質量ともに相手を圧倒し、オーストリアとザクセンの軍を敗走させた。

 現時点で俺が新聞や、軍の中にいた時に聞いた話を整理するとそのようになる。

 残り少ないグラスのブランデーを飲み干した。苦い味がする。

 後はプロイセンが何処(どこ)で矛を収めるか、オーストリアが何時(いつ)負けを認めてどこまで譲歩するかに推移していくのだろう。フランスやイギリスの介入を待つのか否かもある。

 我が主君と王太子、ハノーファー国王と王子は降伏して既に(ウィ)(ーン)に移動している。

 俺たちは戦いの舞台を降りたが、部外者ではない。この戦争がどう収束していくか、この先の運命が掛かっている。そして、西部の戦いはまだ続いている。第七軍団の頭、バイエルン国王ルードヴィヒ2世はケーニヒグレーツの敗戦を聞いてフランクフルト方面に南下してしまったという。銃や大砲での戦争は、妖精や中世騎士の叙事詩の世界に浸る国王には耐えられない騒音なのだろう。

 ドイツ連邦議会の置かれる自由都市フランクフルトにプロイセン軍は目前だ。侵攻と占領は時間の問題だろう。俺はアンドレーアスにもアグラーヤにも何の助けもできない。恐らくは大きな攻撃も略奪もないと予想できるのだから、どうか目立つ行動はしないで屋内に籠もっていてくれ。

 それを願い、祈るしかない。

 自らの無力さを責める。

 この左足! 思うままになるのであれば、(プレヤデン)に戻らず、プロイセン軍に紛れてもフランクフルトに向かったものを!

 ……いや、思い上がりだ。俺一人が乗り込んだところで、二人に会い、無事に戦いの中をやり過せるか判らない。どこで流れ弾が飛んでくるか、そして興奮した兵士が闇雲に銃剣を振るってくるか、それが戦場ではなかったか。全て自分が救えるなどと考えてはいけない。

 尉官ができるのは小隊や中隊を率いて戦うこと。そして民間人を巻き込まないようにして、市街から離れた地で決する。だが、せめてもう少し権限があれば、戦いの場を、条件を良い方向に持ち込めるものなのに……。

 リース大佐と同じようにぼやくしかない。

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