一
カレンブルク王国首都昴に生きて帰ってきた。王国は降伏し、プロイセンに占領されている状況とはいえ、ハノーファー軍とともにランゲルザルツァで善戦した我が軍に、人々は温かかった。国王不在の中、プロイセン軍が進軍し、街に入り込まれれば、国民を人質に取られたようなもの、駐在していた軍は、対手の軍備にも圧倒され、戦闘らしい戦闘を展開することなく、首都の鍵を渡した。
不甲斐ないとは言えない。首都で略奪がなかったのだから、プロイセン軍の規律正しさもさることながら、首都防衛軍とて占領軍に好きにさせないと目を光らせていただろう。
俺を含め、負傷兵は陸軍病院に収容された。やっと左足の負傷に合ったギプスを作り、適切な治療を受けた。痛みが残るが、少しずつ歩く練習をした方がいいと医師から診断され、すぐに退院の運びとなった。
昴に自宅があるので、一旦そこで過すと決めた。
退院当日、執事のディナスが迎えに来た。
「退院おめでとうございます」
いつもと変わらぬ静かな様子の男だ。
「ああ、今回は療養に少々時間が掛かるそうだ。よろしく頼む」
「心得ております」
屋敷に着いて、まずは入浴し、髭を剃り、髪を整えた。戦闘が始まってからは余裕が無く、負傷してからは安静と治療第一と身なりは二の次だった。ほかにも同じ不自由を抱える者たちがいるのだから、我が儘は贅沢となる。自宅に来れば、集団行動を考えずに寛げる。書斎の寝椅子に足を伸ばして、ディナスにブランデーを持ってくるように命じた。
「旦那様、傷に障るのでは?」
「気分転換程度だ、グラスに二口くらい注いでくれればいい。戦場や病院とは違う空気を感じたい」
「かしこまりました」
ディナスは言ったとおりに、ブランデーを一インチばかり注いだグラスを盆に乗せて持ってきた。水の入ったデカンタしか添えられてない。
「景気の悪い。一緒に乾杯しようとは思わない?」
「それは気が付きませんでした、申し訳ございません。しかし、ボトルでお持ちすれば、旦那様はお代わりをお求めになるでしょう。ですから、止めました。あるじの健康をお守りするのも私の役割でございます」
「それは有難い……」
いまだに子ども扱いされているような気がする。まあ、いい。
「我が国やハノーファーは降伏したが、プロイセン軍は南下を続けている」
「旦那様がお心を悩ます必要はございますまい」
「……、ディナス」
「はい、旦那様」
「このままだとフランクフルトも危険なんだぞ。アンドレーアスが心配ではないのか」
「甥のことをご心配していただけるとは嬉しく思います。しかし、甥は目端の利く男です。何ら心配はしておりません」
アンドレーアスは俺と違い軍人ではない。民間人だ。しかし、軍が侵攻してきたらと、不安な顔をしてみないものか。ディナスは冷静な言葉を続けた。
「自由都市のフランクフルトで傍若無人な振る舞いをして、富裕層を敵に回すような真似をプロイセン軍はしますまい。それに連邦議会がございます」
「まあ、何かの名目で金銭はむしり取られるかも知れないが、確かに市街戦はしないだろう」
これまでも戦場以外の場所での野蛮な行為はなかったのだから、これからも恐らくはないであろう。情報の整理の為、これまでの新聞を書斎に持ってこさせていた。ブランデーを舐めながら、読もう。




