七
リース大佐は話題を変えた。
「プロイセンのフリース少将と話をしたそうだな?」
話も何もあるものか。
「急にやって来て、勝手に喋って、さっさと帰っていきましたよ」
「ハノーファー軍だけでなく、カレンブルク軍にも面白い人材がいると印象付けたようだ」
「それは光栄です」
「渋い顔をするな。今の我々の立場を考えれば、プロイセン軍に顔を売っていて損はない」
「いい方で売れていればですよ」
「貴官なら心配はない。ところで、マイヤー大佐の姿が見えないようだが……」
「負傷兵の移動について割り振りを考えているか、腰痛で休息しているかのどちらかだと思います」
リース大佐は苦笑した。
「我が軍だけでなく、ハノーファーやプロイセンの負傷兵の治療をして忙しかったようだから、大変だったろう。シュテヒリング中将にほとんど出番が無かったのとは大違いだ」
「中将はお元気ですか?」
「元気だ。気落ちしておられるが、故国に兵士を連れて帰るのだから、その行軍の計画で気を紛らわせようとおいでだ」
「先刻、プロイセンの士官が、明後日軍が南下すると洩らしていましたが、それに合わせての帰還となるのですか」
「恐らく。それまでに貴官の足は治らんだろうが、無理はするな」
「そうですね。鉄屑拾いもできないし、退屈です」
「貴官は恵まれている。中尉が二人も抜けたヴァイゲル少佐の大隊は忙しいようだぞ」
ブルックたちも含めて隊の士官が、こちらに全く顔を見せに来ないのだからそれは察せられる。申し訳ない。無事に帰還できたら、一杯、二杯は奢って労ってやろう。
「ハノーファーやカレンブルグは、プロイセンの東西の領地に挟まれているから、プロイセンの鉄道での素早い移動や、兵站の確保が確実だった。
ここから南下しても、プロイセンの西側の領地が側だ。ザクセン王国のドレスデンが占領されているが、その先やオーストリアまで戦線を伸ばそうというのだから、プロイセンは大したものだ」
リース大佐は自由自在に軍団を動かせるプロイセン側にいくらか羨望があるようだ。
「東側の補給線はどのようになっているのか」
ほとんど独り言になっていた。
翌々日の七月二日、プロイセン軍は南下を始めた。
ハノーファー軍は武器や食料を引き渡し終え、解散し、隊ごとに分かれて徐々に戦場を離れ始めた。我々も、同じように分散し、戦場を後にした。まだ、まともに歩けない俺はほかの負傷兵とともに荷車に乗せられて、鉄道のある地域では列車に乗っての移動だ。血と汗と泥、旅の埃に塗れて、虚しい戦果を抱えての帰国。
夏の空が青く雲は流れゆく。見上げていると、現実とは思えないほど美しい。地上が、我が身がどれほど汚れていようとも、天は高く、広い。見下ろす者がいれば、その目には
我が身は土埃と変わるまい。
荷車と貨車を行き来する時に感じる左足の痛みと、思うようにいかない歩行が、生きている実感を呼び起こす。
移動とともに空模様が変わってきた。空は雲で覆われた。その雲は足並みが早い。どこに向かう。戦場にか、それとも家族を失った戦死者の家にか。
ボヘミア、ケーニヒグレーツの地で、プロイセン軍と、オーストリア軍・ザクセン軍の戦いがあったと知ったのは後日のことだった。




