六
ベッドに腰かけたまま背筋を伸ばした。
「口外してもよろしいのですか?」
「今更隠しても意味がない」
リース大佐は確かあの時「駆け引きだ」と言っていた。戦術ではなくて戦略レベルでどんな話がされたのか。
「プロイセンの宰相閣下がハノーファー国王やイングランドに恩を売ろうとしたのだろう。ハノーファーが今後一年間プロイセンとの不戦の誓いを立てれば、攻撃せず、南下を許すと、打診してきたのだ」
「それは……、ビスマルクの考えだけなのでしょう? 総参謀長のモルトケや軍司令官がそこまで立ち入った交渉を持ち掛ける権限は無いのですから」
大佐は肯いた。
「私も同感だ。軍人の発想ではない。政治家の発想だ」
「ですが、ビスマルクからの申し出にハノーファーのお歴々は動揺なさり、意見がなかなかまとまらなかったのでしょうね」
精神的な揺さぶりには違いない。
「それで二日間の空費だ。最後はゲオルク5世が矜持をもって拒否された」
争いを避け、犠牲が出ないようにするのが外交でもあるが、首都を占領され、自国の領土を彷徨う羽目になった国王の気持ちからすれば、そして、軍団を率いている身からすれば、ビスマルクの提案はハノーファー王国を舐め切ったものだ。宣戦布告をしておきながら不戦の誓いをすれば見逃してやるとは、子どもに蜂蜜をやるからいい子にしていろと言わんばかりではないか。
「ビスマルクはハノーファー国王の誇りを軽く見たとそしられても仕方ないでしょう」
「おまけに参謀本部とプロイセン国王の考えをも軽く見た。モルトケが怒り、プロイセン国王に抗議し、モルトケに同調した国王が宰相をたしなめられたそうだ。
実際進軍している師団が宮廷内での遣り取りを知る術もなく、行軍は続き、二日間の内に、ハノーファー軍と我々の包囲はほぼ完成しつつあった」
「今となってはなんとでも言えますが……」
「左様」
もし、ハノーファー国王がプロイセンと戦わないと宣言したら、人命も兵站も損なわれなかったが、ハノーファーは臆病と評価された。降伏した今となっては、一国の主として面目を失うくらいなら、戦って勝った事跡があった方がまし。プロイセン王国の言うがままになりはしないとの意地を見せた。
シュミット、貴様の血は礎だ。これからプロイセン王国の、勝者側の条件を呑まねばならないにしても、黙って条約書にサインするような真似はさせない。
それにしても……、二日間を無駄にせず南下を続けられたら、連邦軍と合流できたら……、いや、その前にハノーファー市でオーストリア軍と合流できていたら……。
やはり運命の女神に愛されているのは、プロイセン側なのだろう。つれないことだ。
北上してくれなかった連邦軍がフランクフルトの守備を堅固にしているのを祈る。