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君影草  作者: 惠美子
第二章 士官学校での日々
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「アレティンは器用だ」

「そんなことはない」

「お坊ちゃん育ちなのに、整理整頓が早いじゃないか」

 士官学校の寮で同室のゲオルク・ペーターゼンは平民出だ。

「自分で身の回りの品は片付けておかないと、おやつをもらえなかった」

「ひゃー、それも大変だな。俺んちなんか、母ちゃんが文句言いながら脱ぎ散らかした服を畳んでくれてたから、ここでのやり方に慣れるまでかかりそうだよ」

 そりゃあそうだろう。乳母はどこに行っても恥ずかしくない振る舞いをするように厳しかった。

 寮では上級生が監督として、部屋を回って、きちんと整理整頓できているか、抜き打ちで点検に来る。

 ベッド周りから制服、靴、日常の服や品まで見回して、やれ折り目を正しく服を畳め、ベッドにしわがある、支給された教科書を雑に扱うなとケチを付けてくる。

 下級貴族の俺は目を付けられやすい立場なのだが、ペーターゼンが雑すぎて、俺は生活面では一度しか叱責を受けていない。上級生が新入生にあれこれと指導ついでに、イジメるのは恒例行事のようなものだから、文句の付けようがないよう心掛ける。あまり完璧すぎても可愛げが無いと言われるようだが、そこは無視しておく。

 幼年学校から士官学校に上がってきた者もいるし、俺のように試験で士官学校に入学してきた者もいる。

 幼年学校組から上がってきた連中は、集団行動や軍の規律に俺たちよりも三年早く馴染んでいるので、指導役をせよと教官から言われているようだが、親切にしてくれる者と敵愾心を露わにしている者とがいる。

 幸い、これまた同室のアルベルト・シュレーダーは親切な部類だ。

「俺たちよりも難しい試験を合格してきたのだから、しっかりしてくれよ」

 とペーターゼンを笑う。

「全くだ。軍人になる自覚が足りない」

 パウル・シュルツは一緒の士官学校入学組だが、気難しい。

 四人一部屋の班になっている。

 どう親しくなり、または距離を置くかはこれからだ。

 とにもかくにも、集団行動に慣れる、軍人としての基礎の知識と、武器の使用法を身に付ける、これが入学最初の年度の学習だ。それこそ起床から就寝まで決められたスケジュールの中、班単位で行動していく。入学前に浮ついた気持ちが消えなかったらどうしようかと悩んだのが嘘のようだ。浮ついた妄想にとらわれる暇がない。

 家庭教師から書籍で教わっていたのとは全く違い、自ら薬品を配合しての化学の実験は危なっかしくも楽しかったし、地政学の実地学習として、山野を駆け巡り、その後地図や見取り図を作成するのも面白かった。

 部屋の片付けまで出来ても、掃除となるとまだ手慣れず、シュレーダーに教えてもらう。几帳面そうに見えるシュルツの方が部屋に埃が溜まっていても気にしないのが不思議だ。

「アレティンは細かすぎる」

「清潔を保てない者は仕事ができないし、出世もできないと聞いている」

「そんな話は聞いたことがない」

 と部屋の中でろくな話にならない。

 降誕祭の日は、牧師が来て、説教をし、祈りの時間があった。いつもより厳かに過ごし、就寝した。

 しかし、その夜に限って、とんでもない爆音が間近で聞こえた。

 驚いて目覚めて、窓から外を眺める者、廊下に出る者、騒々しくなった。俺は待機が必要なのかと着替えてから廊下に出た。

 案の定、舎監が出てきて廊下に整列して点呼を取った。

 その時は何が何だか判らぬままに、部屋に戻されたが、翌朝、校長から生徒たちに発表があった。

 一年生が夜中に寮を抜け出して、校庭で手製の花火を打ち上げた。化学の授業でくすねた火薬や、後はその後調べた材料で作成したらしい。

 花火を打ち上げた班の連中は火傷の治療の後、謹慎処分になると述べた。

「向学心から出た悪戯だと信じる」

 と、校長は話を締めた。

「詰まらんなぁ」

 部屋に戻ってから、ペーターゼンは言った。

「全くだよ」

 とシュレーダーも同調する。

「そんな楽しいことにみんな巻き込んでくれなきゃ詰まらないし、みんなでやったら謹慎にもならなかったのにさ」

「俺たち同期は兄弟じゃないか」

 これには俺もシュルツも笑うしかなかった。

 入学した時から、教官や舎監から同期の学生は全員兄弟だ、一致団結して協力せよ、と教えられてきた。やや不謹慎だが、間違ってはいないよな、と言い合った。


 あれやこれやであっという間に半年が経った。

 春になればなったで、また屋外での演習がある。遠足気分で盛り上がっていたが、あまりの過酷さに、というか、背嚢の荷物の重さに帰途の坂でひっくり返った。倒れたのは俺一人ではなかった。シュレーダーは幼年学校から慣れているよと言っていて、そのとおりへこたれなかった。でも、背が伸びないのは幼年学校時代から重い荷物を背負っての訓練ばかりの所為じゃないかと、ペーターゼンが憎まれ口を言う。こいつは俺より早くバテた。

 成程、こうやって同期意識は作られていくのか、と、思う。

 五月に入ったばかりの頃、俺に連絡が入った。

 リンデンバウムの伯母が危篤だと。


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