三
フリース少将に名乗らなかったのを後から思い出した。しかし、相手は俺を目当てに来たようだから、姓名と官位は知っているだろう。
ふん、馬のように負傷したらすぐ処分でなくて良かったとは好きに言ってくれる。ハノーファーが降伏した恰好だから勝ちとなったが、戦闘面で少将は敗北の将だろうが。
プロイセンの兵士たちが救護所をうろつきはじめた。武器弾薬と人員を、プロイセンはプロイセンで報告通りか自ら確認しにきているのだ。形式だから、一から数える訳ではなく、書面上の確認項目だ。
一人のプロイセン士官が書面を見ながら、カレンブルグの衛生兵に話し掛け、確認するように肯いていた。
その士官が、俺に近付いてきた。
「プロイセン軍の輜重隊の中尉のルドルフ・シューマッハだ。貴官がレヴァンドフスキ少佐の馬を撃った、カレンブルグのアレティン中尉か?」
狼? いやルドルフ、高名な狼と言ったのか、まだ頭がくらくらしているらしい。
俺はプロイセン軍に妙な話題を提供しているようだ。
「俺がカレンブルク軍のオスカー・フォン・アレティン中尉だ。
お宅らのフリース少将の話によるとそのようだが、その少佐はそんなに有名なのか?」
「いいや、俺の場合は因縁のある相手だからだが、レヴァンドフスキ少佐は伯爵家の二男だか、三男だから、親から息子をよろしくと言われていたのだろう。どんな死に方をしたか伝えるためにフリース少将は話を聞きに来たのだろうよ」
「は、息子を戦死させたくなかったら輜重兵にしておくべきだな」
そこはシューマッハ中尉も同意見のようだった。嫌味は聞き流した。
「その通り。俺は負傷も戦死もせずにこうやって貴官を見下ろして話ができる」
皮肉というより、冗談口のような気安さを感じた。くすんだ金髪に、シュレーダーとは違う感じの灰色の瞳。
「そのラベンダーだか、レヴェンドゥフスキだか、少佐は名前からしてポーランド貴族らしいが、そうなのか?」
「ああ、トマシュ・レヴァンドフスキといって、ご先祖は大王の時代にポーランドからプロイセンに来たらしい。トマスと呼ぼうものなら、言い直せとうるさい奴だったよ」
「ほう」
「味方なのに冷たいと思ったな」
無精髭だらけの顎をさすった。
「顔に出たか」
「ああ。俺には因縁がある相手なのでね。聞きたいか?」
「忙しそうだから結構だ」
「仕事は終わった。貴官の暇つぶしに是非聞かせてやろう」
シューマッハ中尉は手近な所にあった簡易椅子を引き寄せて座った。暇なのはこいつだろう。
「レヴァンドフスキ家は波蘭土分割やら国の消滅やらで苦労したようだか、ワルシャワ公国の建国でも故郷に戻らず、プロイセンに根を下ろした。ナポレオンに振り回されての建国を危ぶんだのかまでは知らんがね。それなりに信用と財を築いて、親の代にはプロイセンで実質的にも立派に伯爵様で通るくらいになれたのさ」
故国が他国に分割統治され、やがては滅びる。これからは他人事ではない。それをこのプロイセン人は判っていて、俺に聞かせてやろうとしているのか。
レヴァンドフスキ伯爵家はプロイセン側に分割された土地の領主だったのだろう。差別や数多くの闘争の中、生き延びて、プロイセンの中で貴族の体面を保てるだけの生活を確保しているのだから、大したものだ。
「親や先祖が苦労人の大した奴でも、本人は俺から見ればボンボン育ちのろくでなしさ」
シューマッハ中尉は冷たい視線を空に向けた。




