二
ハノーファーとカレンブルクの降伏が決まり、軍はプロイセンに武器を引き渡し、解散とされたが、子どものピクニックではない。様々な取り決めや、後片付けが残っている。
武器弾薬の数と、当方でのプロイセンの武器の鹵獲数を確認し、文書で報告した上での引き渡しとなる。また、戦死者の人数と身元の確認、収容、互いの捕虜ついても同様に行われる。負傷者は怪我の程度によって治療の内容も違ってくるので、収容先の振り分けがある。
戦場に散らばった武器や火薬の残骸を回収しなければ危険であるし、破壊した橋の代わりの建て替えをどうするかも決めなければならない。
熱が下がったので、頭の働きはどうにかなるのだが、この慌ただしくも事務的な作業をするのに、足が上手く動かないのでは邪魔になると、俺は救護所に放り込まれたまま、何の役に立てないでいる。
我慢していてくださいよ、と、ホップ伍長から慰められる。皆が忙しそうにしているのに、退屈しているのは、居心地が悪い。こういう時家政婦のように編み物でもできれば楽しいのだろうかと、下らない想像をしてみたが、すぐに飽きた。
そんなところへプロイセン軍の偉いさんがやってきた。これは佐官でなく、将官クラス、少将か? 周囲と合わせて、敬礼する。
「私は今回の戦闘で前衛の旅団を率いたフォン・フリースだ。貴官が、レヴァンドフスキ少佐の馬を仕留めてくれた士官か?」
と、俺に話し掛けてきた。
「馬に乗っていた士官の名前は知りませんが、確かに騎手を振り落として疾駆している馬を撃ちました」
フリース少将は、後ろにいる副官らしき男性に尋ねている。副官は問いにうなずき、詳しく答えている。
「なら貴官だ。よく馬を止めてくれた。驚いた馬を制御できずに落ちただけでも情けない限りなのに、敵から馬を止めてもらうとは、少佐も少佐だ」
ポーランド系の名前らしいが、そこまで言われるのは同じ国の軍人同士気の毒ではないのか。俺の不審げな表情に気付いたのか、少将は続けた。
「落ちた時は生きていたから、馬を止めようにも銃で狙えないし、暴れ方がひどくて近寄ろうとすると、レヴァンドフスキ少佐がぶつかってきそうになるで、相手方より味方に負傷者を出してくれた。本人は亡くなったのだから、それで償ったとしよう。貴官のお陰で顔から判別できる内に収容できた。」
「サーカスの曲乗りの経験者がいればよかったですね」
俺の皮肉に少将は笑った。
「オーストリアの皇妃でも無理だったろうよ。
レヴァンドフスキ少佐の馬を撃って止めた人物の顔を見たかったのでな、治療中に邪魔をした」
「馬を撃ちたくありませんでしたが、止めなければこちらにも負傷者が出ました。馬の償いにはなりませんが、小官が足を負傷しました」
「馬のように、負傷したらすぐに処分でなくて良かった」
「ええ、全くです。いつかまた戦いたいものです」
「それは怪我の治り具合と貴官の気骨次第だ」
「ええ、小官なら馬が暴れようとも落馬しません」
フリース少将は再び破顔し、言いたいことを言い終えると、救護所を出ていった。