八
「昨日は勝ったのにですか?」
「昨日、勝ったからだ」
リース大佐は苦虫を噛み潰したような顔をしていた。
「プロイセン軍の素早さは知っているな」
「はい」
「昨夜、敗戦の報をプロイセンの参謀本部に電報で送ったらしい。得意の鉄道での軍団の移動だ。朝になったら、四万の敵軍に包囲されては、降伏する時宜を算段するしかないだろう」
リース大佐の言葉をゆっくりと頭の中で反芻した。どうも考えがうまく巡らない。
「プロイセン軍は我々を包囲殲滅する気でいるのですか?」
「人命と兵站の無駄と思わないかね?」
「そうですね……、ハノーファー軍が降伏するのに、我々が抗戦しようとしてもひとたまりもないでしょう。
それに、我が主君は今ご無事なのですか? もし我が主君が戦えと仰言るなら、従います」
「国王陛下はカレンブルクの南部、我々が常駐していた場の近くの城に籠もっておられる。指示は出されておらん。しかし、ハノーファーが降伏となれば、戦い続けろとはお命じにならないであろう」
確かに我が主君のご性情を思えば、そして、我が国の規模を考えれば、ハノーファーの降伏を聞いて戦争の続行を望まれないだろう。
「それにプロイセンはザクセンやオーストリアなど、まだ戦う相手がいる。報復で応じる余裕はなかろう」
大佐の言うとおり、プロイセンの兵士の人数は限られている。素早く連邦軍を各個撃破したほうが得策だろう。
「今からカレンブルク南部に戻ろうとしても、無理なのでしょう?」
「プロイセン軍を正面突破していく以外、天に昇るか、地に潜るか、どちらかの方法しかないだろう」
「今から気球を準備しても無理でしょうし、上昇途中で狙い撃ちされるでしょうな」
リース大佐は返答に困った顔をした。ホップ伍長が後ろで笑いを噛み殺している。しかし、大佐は大真面目に答えた。
「今までの使用例から言っても、敵情視察や連絡信号のならともかく、鉄道とは違うから兵の輸送には使えないと思うが」
「申し訳ありません。頭が回りません、冗談だと思ってください」
「私もそのつもりで言ったのだからいいのだ。アレティン中尉は休んだ方が良さそうだ」
「それはそうと、降伏したら、我々は捕虜の扱いになるのですか?」
「恐らく兵の待遇も含めて、降伏条件の駆け引きに使われるだろう。だから、今は心配せずに養生に努めるべきだ」
「はい、有難うございます」
大佐は話し終えると、大事にするようにと重ねて言い、幕舎を去った。
何もできないには違いない。全ては上と敵の思惑次第。命まで取られはしまいが、どのような処遇となるのだろう。
霧の中に閉じ込められたなら、無闇に歩き回って消耗するよりも、留まって休むことにしよう。処刑されるのなら、それはその時。




