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君影草  作者: 惠美子
第八章 ランゲンザルツァ
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 いつ命を落としてもおかしくない場所が仕事場。それは判っている。判っていても、心が納得するまで時間が必要だ。

 大分日が傾いた頃、ハノーファー軍とカレンブルク南部軍団の善戦で、ウンストルト河右岸からプロイセン軍を撤退させ、ランゲンザルツァの街を奪還した。

 夕方近くからは騎兵による掃討戦になり、黄昏どきに今日の戦いは終わった。

 夜になり、ヴァイゲル少佐やブルック、ヨハンセンが、救護場所の士官用の幕舎に見舞いに来た。

「我々の勝ちだ」

 疲れた口調で少佐が言った。今日は勝ったが、明日は判らない、と暗に告げている。

「プロイセン軍はゴータまで退却した。我々より兵士の死者の人数が多いのに、プロイセンは埋葬のための休戦を拒否してきた。

 こちらだって大層な犠牲を出しているというのに、弔いをさせないつもりだそうだ」

 ブルックもヨハンセンも何も言わない。

「死ぬのは自分だったはずです。なのに小官が生き残り、シュミット中尉が亡くなった。今宵は弔いの祈りを一人でしたいと思います」

「そうだな。死者も傷付いた者も、ほかに大勢いる。その者たちのためにも祈ってくれ。

 我々も、今晩は無事の感謝を祈って過す」

 ヴァイゲル少佐が先に下がった。配下の中尉の内、一人が戦死、一人が負傷で戦場に立てないのでは、少佐は気落ちしているだろう。兵士の中で犠牲になった者はほかにいなかったそうだが、負傷者が少なからず出たらしい。

 ブルックとヨハンセンが抱きつかんばかりに俺の手を取ってきた。

「シュミットは残念だが、貴様は生き残ったことを喜べ。祈りも大切だが、悲しむだけではいけない」

「ああ、有難う」

「悩まず、休めよ」

「ああ、そうしよう」

 話し足りないそうだが、気を遣って、二人は早々に幕舎を出て行った。

「アレティン中尉……」

「ホップ伍長、今日は面倒を掛けた」

「いいえ、小官の職務ですから」

「有難う。今晩はもう休もう。眠りの前に、鎮魂のために祈ってくれ。今日はそれで終わりだ」

「了解しました」

 ホップ伍長は敬礼し、自分の簡易の寝床に下がった。

 足に間に合わせの添え木のお陰で、姿勢としては仕方ないが、座ったまま胸の前で手を組んだ。俺が敬虔な気持ちで祈るなど、伯母の葬儀以来なのかも知れない。シュミットへの感謝と鎮魂を、生き残ったことへの感謝を、そして死ねなかったかなしみを天に祈った。

 傷と疲労から、睡魔がやってきた。(ヒュプノス)から(モルフェウス)(タナトス)へと身をゆだねるのはこんな感覚なのかも知れなかった。

 夜が明けて、日の光を浴びても、夢か(うつつ)か頭がぼんやりとしていた。

「熱があるようですから、今日はゆっくりお休みになるべきです」

 軍医から指示を受けたホップ伍長が言った。固定された左足を動かそうにも、力を入れようとすると痛みが走る。不本意だが、ここはおとなしく従うしかないだろう。スープに浸したブローチェンと病人食を食べさせられて、横になっていた。

 静かだ。今日は銃声が響いてこない。休戦は拒否されたと聞いたが、どうしたことか。

 ホップ伍長や衛生兵がさっと敬礼した。誰が来た?

「アレティン中尉、名誉の負傷だな」

 と、皮肉なのか慰めなのか判らない口調で声を掛けてきたのは、リース大佐だった。起き上がろうとすると、そのままで、と大佐は止めた。

「リース大佐、面目ないことです。決闘で負かした相手に助けられました。

 ところで、今日の戦況はどうなっているのですか?」

「今日は会議が長引いて、何もできない状態だ」

「会議中に、参謀役がこんな所に来ていていいのですか?」

「構わん。会議の内容は、降伏するか否かで、どう攻めるかではない」

 熱の所為で聞き間違えたのではない。今、大佐は降伏と言った。

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