七
いつ命を落としてもおかしくない場所が仕事場。それは判っている。判っていても、心が納得するまで時間が必要だ。
大分日が傾いた頃、ハノーファー軍とカレンブルク南部軍団の善戦で、ウンストルト河右岸からプロイセン軍を撤退させ、ランゲンザルツァの街を奪還した。
夕方近くからは騎兵による掃討戦になり、黄昏どきに今日の戦いは終わった。
夜になり、ヴァイゲル少佐やブルック、ヨハンセンが、救護場所の士官用の幕舎に見舞いに来た。
「我々の勝ちだ」
疲れた口調で少佐が言った。今日は勝ったが、明日は判らない、と暗に告げている。
「プロイセン軍はゴータまで退却した。我々より兵士の死者の人数が多いのに、プロイセンは埋葬のための休戦を拒否してきた。
こちらだって大層な犠牲を出しているというのに、弔いをさせないつもりだそうだ」
ブルックもヨハンセンも何も言わない。
「死ぬのは自分だったはずです。なのに小官が生き残り、シュミット中尉が亡くなった。今宵は弔いの祈りを一人でしたいと思います」
「そうだな。死者も傷付いた者も、ほかに大勢いる。その者たちのためにも祈ってくれ。
我々も、今晩は無事の感謝を祈って過す」
ヴァイゲル少佐が先に下がった。配下の中尉の内、一人が戦死、一人が負傷で戦場に立てないのでは、少佐は気落ちしているだろう。兵士の中で犠牲になった者はほかにいなかったそうだが、負傷者が少なからず出たらしい。
ブルックとヨハンセンが抱きつかんばかりに俺の手を取ってきた。
「シュミットは残念だが、貴様は生き残ったことを喜べ。祈りも大切だが、悲しむだけではいけない」
「ああ、有難う」
「悩まず、休めよ」
「ああ、そうしよう」
話し足りないそうだが、気を遣って、二人は早々に幕舎を出て行った。
「アレティン中尉……」
「ホップ伍長、今日は面倒を掛けた」
「いいえ、小官の職務ですから」
「有難う。今晩はもう休もう。眠りの前に、鎮魂のために祈ってくれ。今日はそれで終わりだ」
「了解しました」
ホップ伍長は敬礼し、自分の簡易の寝床に下がった。
足に間に合わせの添え木のお陰で、姿勢としては仕方ないが、座ったまま胸の前で手を組んだ。俺が敬虔な気持ちで祈るなど、伯母の葬儀以来なのかも知れない。シュミットへの感謝と鎮魂を、生き残ったことへの感謝を、そして死ねなかったかなしみを天に祈った。
傷と疲労から、睡魔がやってきた。睡から夢、死へと身をゆだねるのはこんな感覚なのかも知れなかった。
夜が明けて、日の光を浴びても、夢か現か頭がぼんやりとしていた。
「熱があるようですから、今日はゆっくりお休みになるべきです」
軍医から指示を受けたホップ伍長が言った。固定された左足を動かそうにも、力を入れようとすると痛みが走る。不本意だが、ここはおとなしく従うしかないだろう。スープに浸したブローチェンと病人食を食べさせられて、横になっていた。
静かだ。今日は銃声が響いてこない。休戦は拒否されたと聞いたが、どうしたことか。
ホップ伍長や衛生兵がさっと敬礼した。誰が来た?
「アレティン中尉、名誉の負傷だな」
と、皮肉なのか慰めなのか判らない口調で声を掛けてきたのは、リース大佐だった。起き上がろうとすると、そのままで、と大佐は止めた。
「リース大佐、面目ないことです。決闘で負かした相手に助けられました。
ところで、今日の戦況はどうなっているのですか?」
「今日は会議が長引いて、何もできない状態だ」
「会議中に、参謀役がこんな所に来ていていいのですか?」
「構わん。会議の内容は、降伏するか否かで、どう攻めるかではない」
熱の所為で聞き間違えたのではない。今、大佐は降伏と言った。