六
プロイセン兵からの攻撃に注意しながら、低い姿勢で、シュミットを兵士に抱えてもらい、後退した。堤防まで来れば、既に我々の軍が優勢な場所なので、負傷兵として道を譲られ、降りていった。
河岸から河へ、シュミットは体の傷が水に触れないように、兵士が二人掛かりで担ぎ上げた。
「アレティン中尉も担ぎましょう。河の流れで足が取られます」
「いや、できるだけ歩く。杖になってくれ」
「了解しましたが、無理だけはしないでください」
ホップ伍長の肩に摑まりながら河を渡った。やっとのことで左岸に渡り、また堤防を昇り、後方のマイヤー大佐の救護場所に向かった。
当然のことだが、午前中よりも負傷兵は増えていた。硝煙の幕も火薬の匂いもないが、血の匂いが強かった。プロイセンの捕虜の中で怪我の酷い者も来ており、ひとかたまりに座らされていた。幾人かは横たわっている。
「アレティン! シュミットまで」
顔見知りの軍医見習いが声を掛けながら近付いてきた。
「シュミットは銃剣で背中を刺された。助かるか?」
「まず診てみないと、アレティン中尉は?」
「ぶつかって、左足を捻って、まともに歩けん」
「まず貴様からだ。伍長、済まんがこいつをあちらに座らせてくれ」
「シュミットは?」
「助かる見込みのある奴から先だ。」
戦場の医者はいつでもそんな選択をしながら働いているのだろう。シュミットは別の場所に寝かされ、連れ添う兵士が止血を試み続けている。
シュミットを気にする俺をよそに、軍医見習いは座った俺の左足をぐいと引っ張った。
「痛っ!」
「黙っていろ」
乱暴に長靴を脱がせると、左足を引っ張ったり、ゆっくりと左右に動かしたりしてみる。ぐっと痛みを飲み込み、様子を見守った。
「安心しろ。骨折はしていない。しかし、随分と捻ったな。靭帯が伸びているようだから、固定して安静にしているしかない」
そこらへんに落ちているような棒切れにしかみえないような板を持ってきて、打ち身の薬を塗った後、板をあてがい、包帯を巻いた。
「空いている場所で休んでいてくれ。居心地が良くないのは我慢してくれ。治療が一段落つかなければ、士官でも特別扱いはなしだ」
「ああ、先に治療してもらっただけでも有難い」
ホップ伍長に頼んで、シュミットの側に連れていってもらった。シュミットに付き添う兵士に様子を訊いた。表情が暗い。
「血が止まりました。しかし、本当に止まったのか、弱っているのか、小官には判りかねます」
ああ、これでは俺も判らない。掌をシュミットの鼻先に持っていってみるが、呼吸があるのか、感じられない。シュミットの名を呼んでみた。
「ア……」
アルベルト・シュレーダーを呼ぼうとしているのか、それとも俺なのか、聞き取れなかった。思わず手を取ったが、その手に命を感じ取れなかった。
命を呼び戻そうと、必死になってシュミットの名を周りの者みんなで呼び続けた。
マイヤー大佐が通り掛かり、シュミットの瞳や脈を確認してくれた。縋るように視線を向ける我々に、マイヤー大佐は首を振った。
「ミハイル・シュミット中尉は名誉の戦死を遂げた。かれに必要なのは治療ではなく、弔いだ」
こみ上げる悲しみと憤りを堪え、死者に敬礼した。
何故、俺を助けた。見殺しにしても良かったのに、むしろ戦場の中ではそれが当たり前なのに、貴様から後ろから撃たれようとも恨むまいと思っていたのに、何故。
問いたくても、死者は黙して語らない。




