三
守勢から攻勢に転ずる、の指令に、軍はどよめいた。休息の者も急ぎ、身なりや武器を整え始めた。
各分隊、小隊からの報告を受け、受け持ちの中隊の人員・戦闘可能の準備を終えたか確認し、大隊長のヴァイゲル少佐に報告する。
「ハノーファー軍に後れを取らぬよう、勇敢なる行動を期待する」
と少佐より言葉が返ってきた。
「ハノーファー軍への恩を返し、プロイセン軍の得意顔を泥に塗れさせよう! カレンブルクの男たちは勇敢であると教えてやろう!」
俺の声に、中隊の兵士たちも応えた。
やがて、ボートメル旅団は一度プロイセン軍に押し返されながらも渡河に成功したが、火薬が水に濡れ、発砲できず、退却しつつある、しかし、その間隙に右翼隊のビューロー旅団が渡河に成功し、プロイセン軍と戦闘を開始したと報が入った。
よし、近付ければ、銃剣での白兵戦に持ち込んで、勝てる見込みが出てくる。
中央隊のヴォー旅団、我々予備隊にも次々と進撃の指令が下った。
先行する部隊の援護射撃を続け、こちらも丘陵地から河岸へと駆け降りた。
後装銃の射撃の速さも、銃を構える暇があってこそ。次々とハノーファー兵が近くから銃剣で突いてくれば、銃弾を装填している間がなく、同じく銃剣で迎えうたなければならない。
その為にボートメル旅団は多くの犠牲を出したようだが、プロイセン軍の注意を充分に引きつけてくれた。
一気に押して前進しよう。
立ち込める硝煙と、血の匂い。どちらの軍の兵ともつかぬ死体や負傷で倒れ呻く者。
怖じるな。倒れたくなければ、前を見ていろ。
「各小隊は一斉に渡河せよ。
シュトレ小隊は援護射撃をして、続いて渡河」
「了解!」
各小隊長の声を聞きつつ、中隊を率いるため俺はウンストルト河に足を入れた。一歩踏み入れるごとに深さが増すが、なに、腰の高さは超えないくらいだ。多くの兵士たちが徒歩で渡っている。足を取られないように、しかし、急いで、河を渡る。
対岸に着いて、周囲を確認する。我が中隊はほぼ無事に渡り切れそうだ。
「行くぞ!」
河原を走り、右岸の敵陣を目指す。水の入り込んだ長靴がグズグズしていようが、服が貼りついていようが、些細なことだ。気にしていたら、命に係わる。
生きている充実と、死神と隣り合わせのこの世界。
向かってくる名も知らぬプロイセン兵を銃剣で貫き、血が飛ぶ。血とともに力も抜けていくのだろう。ぐっと腕に重みが加わる。銃剣を引き抜き、兵士たちに後に続くように叫んだ。
応える声が遠いもののように聞こえた。




