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君影草  作者: 惠美子
第四十八章 故郷の空
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「木陰の風がさわやかで心地いい。ここにこのままお邪魔するわ」

「中できっと支度していると思うから、椅子を持ってくるのを手伝ってくる」

 とアンドレーアスは急ぎ足で屋内に向かった。

「病気でお休みしている人が強がっているものじゃないわ。お掛けなさい」

 厳しい女教師の顔でアグラーヤは俺に指図した。

「いや、アンドレーアスを待つ」

 諦めてアグラーヤは嘆息した。

「立っていられなくなっても、わたしが支えられるかどうか判らないわよ」

「そうなったら己の力が失われた証拠だ」

「折角お見舞いに来たのに、そんな言い方をされたら寂しいわね」

 冷たい返事だったかとアグラーヤに申し訳なくと感じたが、やはり婦人を立たせたまま自分が座るのは決まりが悪い。

 睨み合うのはおかしいと思ったのか、アグラーヤは目をそらした。

「マドモワゼル・ラ・ヴァリエールは連れてこなかったの?」

「ああ、ベルナデットとは元の従兄妹同士に戻った。彼の女は巴里の女だ」

「それだけ?」

 素っ気無い声色は憤りを含んでいるのか。

巴里娘(パリジェンヌ)をもてあそんだ不良士官みたいに思わないでくれ。愛情はあった。だが互いに己の生き方を変えられなかった。どちらかが仕事を辞める選択ができなかった」

 短い説明で納得したのかしないのか、アグラーヤは「そう」と呟いたきりだった。

 アンドレーアスとディナス、それとメイドが椅子とお茶を運んで来た。

「不手際がございましたことをお詫びいたします」

 ディナスが頭を下げ、アグラーヤも謝罪を口にした。

「案内を請わないで庭に来てしまったのですから、お詫びするのはこちらです」

 後からディナスが注意するかも知れないが、アンドレーアスは株価の変化ほど気に留めないだろう。

 置かれた椅子をディナスに勧められてアグラーヤは掛け、俺もやっと腰掛けた。ディナスが流れるような動作で卓にお茶を並べ、ごゆっくりと、一礼した。ディナスとメイドを下がらせると、アンドレーアスは空いたもう一つの椅子にどっかと腰を下ろした。

「日に当たっていると気分がいいのか? 叔父貴はきちんと水を飲んでいるか気にしている」

「心配ない。必要なだけ飲んでいるさ。

 この病気は換気が大切だというから、外にいる方が俺も気を遣わなくて済む」

 冗談めかして言ってみたが、通じなかったようだ。

「外にいる理由は判ったけれど、これから暑くなるのだからどうするの? 高原辺りに避暑に行くの?」

「遠出は考えていないなあ」

 巴里から伯林、昴と移動して、心身ともに大分堪えた。正直動き回りたくない。

「あなたが無理せず過せるのを一番に考えなくては」

「そうだな、夏の避暑より冬の避寒の方が大切かも知れん。叔父貴に言っておく」

 二人は励ましの言葉を掛け、身辺の報告をすると、俺を疲れさせないようにと(いとま)を告げた。

「実家にしばらくいるので、また伺います。ゆっくりお休みになってね」

「俺はフランクフルトに行くのでしばらく会えん。また会う時まで良くなっていろよ」

 アンドレーアスとアグラーヤが帰り、安楽椅子に座り直した。会えてよかった。自らの病や訃報で目の前が霧に覆われたようだったが、友の存在が気持ちを染め変えてくれた。かれらの為にも良くならなければ。

 かれらの為にほかに何ができるか、考えておかなくては。

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