六
「木陰の風がさわやかで心地いい。ここにこのままお邪魔するわ」
「中できっと支度していると思うから、椅子を持ってくるのを手伝ってくる」
とアンドレーアスは急ぎ足で屋内に向かった。
「病気でお休みしている人が強がっているものじゃないわ。お掛けなさい」
厳しい女教師の顔でアグラーヤは俺に指図した。
「いや、アンドレーアスを待つ」
諦めてアグラーヤは嘆息した。
「立っていられなくなっても、わたしが支えられるかどうか判らないわよ」
「そうなったら己の力が失われた証拠だ」
「折角お見舞いに来たのに、そんな言い方をされたら寂しいわね」
冷たい返事だったかとアグラーヤに申し訳なくと感じたが、やはり婦人を立たせたまま自分が座るのは決まりが悪い。
睨み合うのはおかしいと思ったのか、アグラーヤは目をそらした。
「マドモワゼル・ラ・ヴァリエールは連れてこなかったの?」
「ああ、ベルナデットとは元の従兄妹同士に戻った。彼の女は巴里の女だ」
「それだけ?」
素っ気無い声色は憤りを含んでいるのか。
「巴里娘をもてあそんだ不良士官みたいに思わないでくれ。愛情はあった。だが互いに己の生き方を変えられなかった。どちらかが仕事を辞める選択ができなかった」
短い説明で納得したのかしないのか、アグラーヤは「そう」と呟いたきりだった。
アンドレーアスとディナス、それとメイドが椅子とお茶を運んで来た。
「不手際がございましたことをお詫びいたします」
ディナスが頭を下げ、アグラーヤも謝罪を口にした。
「案内を請わないで庭に来てしまったのですから、お詫びするのはこちらです」
後からディナスが注意するかも知れないが、アンドレーアスは株価の変化ほど気に留めないだろう。
置かれた椅子をディナスに勧められてアグラーヤは掛け、俺もやっと腰掛けた。ディナスが流れるような動作で卓にお茶を並べ、ごゆっくりと、一礼した。ディナスとメイドを下がらせると、アンドレーアスは空いたもう一つの椅子にどっかと腰を下ろした。
「日に当たっていると気分がいいのか? 叔父貴はきちんと水を飲んでいるか気にしている」
「心配ない。必要なだけ飲んでいるさ。
この病気は換気が大切だというから、外にいる方が俺も気を遣わなくて済む」
冗談めかして言ってみたが、通じなかったようだ。
「外にいる理由は判ったけれど、これから暑くなるのだからどうするの? 高原辺りに避暑に行くの?」
「遠出は考えていないなあ」
巴里から伯林、昴と移動して、心身ともに大分堪えた。正直動き回りたくない。
「あなたが無理せず過せるのを一番に考えなくては」
「そうだな、夏の避暑より冬の避寒の方が大切かも知れん。叔父貴に言っておく」
二人は励ましの言葉を掛け、身辺の報告をすると、俺を疲れさせないようにと暇を告げた。
「実家にしばらくいるので、また伺います。ゆっくりお休みになってね」
「俺はフランクフルトに行くのでしばらく会えん。また会う時まで良くなっていろよ」
アンドレーアスとアグラーヤが帰り、安楽椅子に座り直した。会えてよかった。自らの病や訃報で目の前が霧に覆われたようだったが、友の存在が気持ちを染め変えてくれた。かれらの為にも良くならなければ。
かれらの為にほかに何ができるか、考えておかなくては。




