三
列車や馬車を乗り継ぎ、ようよう伯林の陸軍参謀本部に戻ってきた。自分の属するフランス部へ取次ぎを頼み、上官の少佐に復命した。
「貴官の仕事ぶりにはいつも感心している。報告書は的確で、多彩だ」
と少佐は評価を口にした。役に立てているなら重畳。
「巴里の水は合わなかったか?」
復命を終えれば昴に帰って休職するのを知っていて、上官らしく尋ねた。
「都会暮らしに慣れることができませんでした。小官には軍営で規則正しい生活をして、山野を駆け回る方が向いていたのでしょう」
間が空いた。少佐は感情を表に出さなかった。
「そうか。このまま隠棲せず、旧カレンブルクの為にも復帰できるよう、療養に努めたまえ」
「はい」
一通りの復命と手続きを済ませた。陸軍本部の兵站担当のルドルフ・シューマッハ大尉には連絡していた。就業時間が終了した頃合い、ウンター・デン・リンデンで落ち合った。
「久し振りだな」
しばらく振りでも一目会えば親しみがよみがえる。伯林に到着してから言葉がドイツ語に切り替わり、仕事から私事へと切り替わると、また言葉の出方が違ってくる。
「ああ、久闊。元気にやっていたか?」
交わす握手は力強く温かい。
「伯林にいると変化を感じない。巴里では大変だったようだな」
シューマッハには病で休むとは説明している。
「ああ。雪中行軍を経験しているから寒さに耐えられると信じていたのに、寒波の時期にやられたよ。退廃的な連中のご機嫌伺いに真面目に付き合うものじゃないね」
「参謀本部のエライさんに見込まれて、出世の糸口を掴んでくれたとこちらは喜んでいたが、貴官にとってよかったのかどうか……」
確かにシューマッハの進言が兵站総監兼参謀本部次長に伝わったのが俺の異動のきっかけだったかも知れないが、実際に任命したのも拝命したのもかれではない。
「単なる巡り合わせだ。ランゲンザルツァでプロイセン軍とハノーファー軍が戦ったお陰で俺たちは会えた。ハノーファーとカレンブルクがプロイセンに併合されたのも時の運に過ぎない。
俺たちは万能ではない」
シューマッハは感慨深そうに肯いた。
「そうだな。神は試練を与えたもう。乗り越えられるかどうかは俺たち次第」
互いに十字を切り、短く祈った。
男二人祈っていると教会の香料臭くなってきそうで、つい照れ笑いが出た。
「それぞれ信心深いから救われるだろう」
「勿論だ」
新緑の菩提樹の香りの下、語り合い、落ち着いたひとときを過した。すべてにおいて名残惜しいが、伯林は俺の望む土地ではない。
光の都巴里に及ばぬまでも、カレンブルク王国の都であった昴はプロイセンの一都市になった今でも美しい。森から郊外の田園、それからなお進むと整然とした街並みが現れる。長い時間、列車に揺られて旅塵にまみれて大分みっともない姿に成り果てて、それでも故郷に帰ってきたと思えば、心の中の澱が洗い流されていく心地がする。昴でも春だ。緑の枝は俺を出迎えてくれたかのように枝を拡げている。新緑と花の香りが流れ、ようやく深い呼吸ができる。駅の乗降場に降りると、懐かしい顔が俺を出迎えた。
「お帰りなさいませ、旦那様」
「お帰り、オスカー」
「アレティン大尉、よく帰ってきてくれた」
ディナスにアンドレーアス、それに士官学校の同期たち。




