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君影草  作者: 惠美子
第四十七章 いとしの君がいなければ
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 男は容赦なく相手を言葉で攻撃し、女は言い返す(すべ)がなく、愛しているを繰り返す。男は愛情あって、無学な女性に礼儀作法を教えて、自分の仲間内に引き入れようと努力したつもりなのだろう。女は男への愛情に応えるべく努力したものの、まだ身に付けられなかった。

 できないのは愛情が薄いからと男は決めつけている。苛立つこともあろうが、言ってはいけない。

 相手の愛情の深さを、努力の苦労を、他人が量れはしない。

 愛情ゆえに自分の要求をすべて入れて実現してくれるだなんて、相手の資質や事情も鑑みずに押し付けるのは驕りだ。一体、相手の為に何ができたか自分を顧みたことはあるか? 自分が恵まれた立場にあって物を言っていたと気付きもしなかった。

 俺はあの男と変わらない。先にどちらが別れを言い出したかの差でしかない。

 別れた女性が驕った男と添う以外の喜びを見付けてくれればさいわいだ。

 ラ・ヴァリエール家の女たちは男運が悪いと冗談めかしてベルナデットは言っているけれど、そうではない。ラ・ヴァリエール家の女性たちに釣り合うような男が滅多にいないのだ。若くして亡くなった伯父だけがラ・ヴァリエール家の夫に相応しかった。俺は伯父のようになれなかった。

 巴里の女神と褒め称え、そのくせ自分が女神に値する男と自惚れた訳ではない。女性を美しい言葉で称えていればいいと思い上がった。

 傲慢は罪だ。罪人に相応しい罰が下った。

 ――自分だけが悪かったように言わないで

 ベルナデットは言った。

 お互い至らぬ点があった。だが彼の女の健気さを思えば俺に分はない。ベルナデットは年頃になれば嫁入るのが当然と育てられた箱入り娘ではない。クチュリエールで顧客がいる。

 ――愛情ゆえにすべてを捨てる。

 その覚悟の尊さに、捨て去るものの大きさに気付かなった。彼の女の為にすべてを捨て去ることもできないくせに、彼の女が決断するのにどんな痛みが伴うか、想像もしてこなかった。

 恋愛感情というものは理屈に合わない。それでも虜になり、それが至上のものと信じ込む。損を承知しても行動せずにいられない。

 巴里の女神の神格が、いや、大切な女性の生気が俺への愛ゆえに失われたら、俺はどうやって償ったらいいか。

 生涯を共にする夫婦の契約とはそういった諦めと覚悟をも引き受けるものなのかも知れない。人生は予期できぬ事柄ばかり。先が見えぬのは希望か、険しさか。

 長くもない時間を生きてきて、いいことも悪いこともあった。

 女性を信じ、愛することを知り、喜びを得た。

 それだけでいいじゃないか。それ以上を求めるのは強欲だ。巴里に根付く美しい花を切って伯林や昴の花瓶に生けたとして、生き生きと咲き誇るだろうか。

 独りで巴里(ここ)に来たのだ。去る時も一人がよかろう。

 感傷的に傾き過ぎた。

 医者に行こう。診断を受けた時以来無沙汰をしているが、医者は患者を拒むまい。必要な療治を指示されたら、今度は素直に受け入れよう。ゴルツ大使が受けた治療に比べたら何事も微風だろう。

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