一
朝、部屋を出るのが億劫だった。しかし遊びに来ただけの者が閉じこもっていていい訳がない。身支度を整えて食堂へと顔を出した。できるだけ平静を保ちながら挨拶をした。昨夜のうちにベルナデットが母と異父姉に話を伝えたのだろう。表情が硬い。それでも挨拶を返してくれた。
「残念だけど仕方ないわ。ベルンハルトとの縁があるのだから、これからも従弟としてのお付き合いをしましょう」
「あなたが甥であることは変わらないわ」
マリー゠アンヌと伯母が口々に言った。責められるかと覚悟していたので、申し訳なさで身が小さくなりそうだった。事情が判らぬようだが、何やら察したルイーズは口角を下げて俺を見ていた。
「俺の我が儘で……、俺が悪かった」
ベルナデットがぐるりと瞳を巡らせた。
「自分だけが悪かったように言わないで」
「ああ」
さあ、とベルナデットが厨房に向かって声を掛けた。
「準備ができているのだから、置いておいたら冷めちゃうわ」
住み込みのお針子たちが朝食を運んできて配膳してくれた。
これからも親戚としての付き合いは変わらず続けようと伯母やマリー゠アンヌも言ってくれて、感謝しかない。家族と食卓を囲み語り合う温かさは、糸のように心細くても切れないで済む。具体的な投資の計画はアンドレーアスを通すとしても、商売だけの遣り取りになってしまったらあまりに悲しい。
いとまごいをすると、ベルナデットは数式の暗唱をするように言った。
「今日は外までは見送りしないわ」
「寒いからね」
俺はラ・ヴァリエール家の面々と別れの接吻をした。
「あれでも強がってみせているの」
マリー゠アンヌに頬を寄せた時に囁かれた。
「振られた方は肩を落として帰ります」
表に出ると風の冷たさに身を縮めそうになる。みっともない姿勢になりそうなのを正した。彼の女が見ていないとしても、背を丸めてみすぼらしい姿になるのは嫌だ。身を裂く辛さに歯を食いしばって情けない顔をしていても、せめて後ろ姿くらいはしゃんとしていたい。寄宿先にやっとのことで戻ると、取り繕うも何もなく、長椅子にへたり込んだ。
南部軍団で一緒だったあいつ――ブルックは普墺戦争の後、軍人を続けるよりも女と一緒になることを選んだ。ブルックの心情は理解できなかったし、今もって判るとは言えない。
だが、ブルックの選択を逃げと決めつけてはならなかった。ブルックは赤毛娘を――名前を忘れた―—愛した。愛した女性が望んだから、軍を辞した。俺とベルナデットのように言い合いをしたかも知れない。二人なりに譲れる点、譲れない点を考え抜いた。
自分が築き上げた経歴を捨てて新しい生活に入る、これだって充分勇気ある決断じゃないか、ブルック。




