六
「ガンベッタ弁護士に夢中と言っても、結婚したいとか愛人関係になりたいとか、女性支持者はそこまで考えるものなのですか?」
俺の言にラ・パイーヴァは目を見開いた。
「まああ、大尉さんたら、女心を判っていらっしゃらない」
「そういうものなのですか? 小官には判りかねます」
グラモンは失礼にも大笑いだ。
「人気者が独身なら配偶者の座は誰が射止めるか気にするもんだ」
「大尉さんは真面目だからピンと来てないですね」
とボーションまで言う。
「いや、いくら独身者といったって結婚できるのは一人ですし、人気のある人物に近付けるかなんて余程のことがない限り無理ではありませんか」
「夢を見るのは自由だよ。憧れの君と相思相愛の仲になれたらと熱に浮かされながら追っかけていたのに、愛人ができただの婚約しただの耳にしたら失望してしまう。追っかけが相手の視界に入っていようがいまいが関係ない」
ラ・パイーヴァはグラモンの言葉に肯いた。
「そうよ。大尉さんもご存知のお嬢さん、ガンベッタ弁護士に愛人がいると知ったら泣き出してしまうかも知れないわ」
そんなことでガンベッタ支持を止めてしまうならその程度、ガンベッタの思想に興味を持っていなかったのだ。
「確かに美男俳優に熱を上げる小娘みたいでしたが、マドモワゼル・レオンはガンベッタの強きに阿らない主張に感銘を受けたと言っていたのに……」
軍人さんは堅物だね、とグラモンは笑いを堪えられぬと俺の肩を叩いた。多分一生判らない事柄だろう。
「お嬢さんにどう話題を振っていったらいいかしらね」
とラ・パイーヴァはなにやら思案をはじめた。年老いた娼婦が客と女の取り持ち役を担うのは世の常だが、レオン嬢への親切だけとは思えない。何か辛辣なことを企んでいるのではと気になる。
「王侯貴族やブルジョワたちがヴァリエテ座のオルタンス・シュネデールやオデオン座のサラ・ベルナールの楽屋に贈り物を手に訪れるのは、歌や演技に感動しただけだと大尉さんは思っているのかい? レオン・ガンベッタが女性たちからどう見られているかとおんなじさ」
俳優と政治活動家とを一緒くたに論じていいのかはともかく、人間、憧れと色情は切り離せない、とグラモンは勝手に話をまとめた。堅物とは有難くもない言われようで、純真だの付け加えられればなお不愉快だ。
胸に手を当てる。心情がすぐに胸に響く。
「そうそう、大尉さん。プロイセンの方とお話してみたいと言っていた方がいたわ」
ひそめかけた眉を開いて、できる限り愛想よく答えた。
「ではご紹介していただけますか」
俺はラ・パイーヴァの手を取った。グラモンたちから離れると、彼の女は俺の手を軽く叩いた。
「アレティン大尉、グラモンたちの話におしまいまで付き合う必要はないわ。あちらは好きでぺらぺらと話すのだから、適当な所で場を離れても気にしない。気付きもしない」
生真面目もほどほどに、と俺の手を解いた。
「あら、サラ・ベルナールの『去り行く人』の話でここももちきりですねの」
思いがけず細やかな気遣いを見せる女主人に感謝だ。それとも俺が雪原に取り残された夏鳥のように見えたか。
屋敷を出れば春まだ遠い夜の大気は呼吸器に刺さるように冷たい。かといって呼吸を止める訳に行かず、痛みと息苦しさの両方に責め立てられて、帰途を急いだ。我が部屋に到着して氷の寝床に横たわって思うのはいつもと同じ。
明日こそは――。




