五
巴里の女神、白い手の創作者、今の俺にとって生命力の源泉。どれほど称えても言葉が足りない。
ベルナデットには危うさを知らず、衣装づくりと身近な人たちの平穏だけに気を配って生活して欲しい。
彼の女の清らかさに対して、己の罪深さに打ちのめされそうだ。
「楽しんでいらっしゃるようね」
と宴を主催する女主人が声を掛けてきた。
「ええ、マダム。このお屋敷で過しているだけで王様に気分になれますよ」
とグラモンはラ・パイーヴァに調子を合わせて答えた。
「嬉しいわ。またお客様を喜ばせる趣向を考えなくてはと、励みになります」
卒ない返事に誰もが笑顔を浮かべた。
「奥様のお心づくしに満足しています」
「お上手ね」
宴会好きの女主人に、招待客は耳障りなことは言わない。
「記者さん、五月にまた選挙があるとか耳に挟んだのだけれど、お詳しいの?」
ラ・パイーヴァはボーションに水を向けた。ボーションは待ってましたとばかりに喋りはじめた。立法議会選挙がどうのと始まり、ドレクリューズ裁判で一躍有名になったレオン・ガンベッタが遂に立候補するかも知れないなどなど。ラ・パイーヴァは、まあそうなの、それってどういうことなのかしら? と相槌を打ちながら聞いている。多分、彼の女も俺と同じ目的で雑誌記者の話を聞く。俺も彼の女も玉石混交の中から信憑性のありそうな、重要そうな事柄を抜き出して、(経由する道筋は違うが)プロイセンへと伝える。
ラ・パイーヴァは人類最古の職業の二つ双方を体験している。それがいいのか悪いのかは知らない。
「大尉さんはレオン・ガンベッタの顔を知っていて?」
会話から置いていかれているのではと気にしたのか、ラ・パイーヴァが話し掛けた。
「一度、ええ、ドレクリューズの裁判の大分前ですが、カフェ・プロコプで見掛けました」
「どんな男性でした?」
正直に言おう。
「こちらは相手が弁護士だとは全く知りませんでしたからねえ。身なりに構わない人だと思ってつい見入っていました」
ラ・パイーヴァはくすくす笑った。
「選挙に出られるなら身なりには気を使った方がよろしいわね」
「立候補するなら気にするでしょうし、本人が取り繕わない方がいいと言っても周囲が注意するでしょう」
ボーションでも政治家の印象は大切だと考えるらしい。グラモンが可笑しそうに付け加えた。
「ガンベッタなら裁判以来、熱狂的な女性支持者が一気についた。その中の一人がガンベッタの誘惑に成功して愛人になったはずだなあ」
もしかしてレオニー・レオン嬢か? ラ・パイーヴァも興味を隠せないようだ。
「あらあら、わたしの知っているお嬢さんも裁判でガンベッタに夢中よ。お近付きになったのはどんな女性?」
「確か小間物屋のメールスマンスという女だ。金髪で色っぽくて、五十近い」
レオン・ガンベッタって俺と同じくらいか少し上の年齢だ。そういう好みか。レオニー・レオン嬢が近付いたとしても、年齢が同じくらいでもおぼこい印象の女性では目にも留まらないかも知れない。自分と年齢が変わらないくらいの女性が三十前後の男と愛人関係になったと聞かされて大したものだと感心するのかと思いきや、ラ・パイーヴァはとんでもないと言わんばかりに肩をいからせた。
「まああ、夢中になっているお嬢さんには聞かせられないわ。そうじゃない? 大尉さん」
はい?




