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君影草  作者: 惠美子
第四十六章 私のそばにいてほしい
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 ナポレオン1世だってその甥の3世だって――現皇帝が1世の幻影で自分を大きく見せたにせよ――、世の中を良くしようとする志はあったし、一応フランス国民に選挙で選ばれて政界の頂点に立った。野心は否定しないが、何の為の野心か。好き放題振る舞うだけなら、誰も付いてこない。老いて失策も見えてきたがナポレオン3世はフランスに害ばかり成してきた訳ではない。共和主義の雑誌記者はフランス皇帝の悪い点しか見ようとせず、ドレクリューズのようなジャコバン主義の闘士に憧れを抱いて良い面しか目を向けていないように感じる。

「清廉の士」の言葉は美しいが、人間、理想だけでは生活は成り立たない。ロベスピエールから民心が離れたからこそ熱月(テルミドール)反動があって断頭台に送られたのじゃないのかね。ドレクリューズが主義を曲げず、人生の何割かを監獄で過して満足なのかどうか知らないが、ボーションはそこまで真似する勇気があるようには思えない。

「歴史の評価を定めるのは難しいものです。ましてそれが百年経っていない近い時代ならば尚更。フランス革命の影響を受けなかったヨーロッパの国はありません。フランス一国だけで論じて欲しくありませんね」

 大革命からナポレオン戦争、その後に続く政変とヨーロッパはフランスの動きに振り回された。北ドイツから来た俺が皮肉を呈してもボーションは怒るまい。

「よい影響だってあったでしょう」

 不満を隠さずボーションは言い返してきた。

「ナポレオン1世の影響下でドイツ諸邦の一部が王国を名乗れるようになったことですか? それもこの先どう変わるか」

 フランス人ふうに肩をすくめて両手を上げてみせた。ボーションは俺の意などどうでもよいらしい。

「オーストリアの帝国だって、スペインだって変わってきています。権力は世襲されるべきではないし、多くの者の意見を取り入れるようにあるべきなんです」

 ボーションは耳に当たりの良い言葉を羅列するだけで、具体的にどう行動すべきは語らない。かれは一介の雑誌記者であって政治活動家ではない。情報や巴里の世論を俺に教えてくれればそれでいい。ボーションは上手く乗せればいくらでも喋ってくれる。たまに異国人の辛辣な意見でへこませるくらい、青臭い理想論を聞いてやる駄賃だ。

「王様の首をちょん切ってもしばらくしたら皇帝やら王様やら出てくるんだから、人間の世の中ってのはおかしなものじゃないか、ええ?」

 グラモンが話に入ってきた。

「スペインの女王陛下と王配殿下の仲はアレだが、スペインの王子サマはお二人の息子とは思えないくらい出来がいいって話じゃないか。スペインじゃ女王様が逃げ出すようなことをしでかしておきながら、王制そのものを廃止する決心がつかないみたいじゃないか。よそから別の王様を呼んできて即位してもらおうなんて意見が出始めただろ?」

 ゴシップ記事専門のグラモンの話は聞いていて気が楽だ。本人が深刻ぶった顔をしない。ただ観察眼は鋭いので油断はしない。

「アルフォンソ王子でしたか? しかしスペインの革命政府の廃位の決定を女王が認めないと言い張っているし、革命政府は女王に復位して欲しくないでしょう。アルフォンソ王子に戴冠してもらうのは女王陛下の存在がある限り、実現しないのでは?」

「そうそう。世襲の君主も憎まれちゃ血筋をつないでいても王冠をもらえない」

「政略結婚でヨーロッパ各国に血縁者が広まって、そこかしこに血筋が辿れる子孫がいる。そんな子孫が急によその国の王冠を戴くなんておかしいですよ。大昔は青い血を尊んだかも知れませんが、今更有難がる値打ちがあるんでしょうか?

 現にハプスブルクの大公が新大陸にカトリックの帝国を築くとメキシコ皇帝になった挙句、銃殺刑ですよ」

 啓蒙思想を経て、王権は神より授かったものといった感覚は古びた。

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