八
俺はつくづくひねくれ者にできている。女性からここまで言われたなら感極まってひざまずき、永遠の愛と忠誠を誓えばいいのだ。ベルナデットはこの上なく大切な存在だ。愛情の何たるか今一つ心許ない気もするが、彼の女と共にあるのが至上の喜びと感じるのなら、それが愛だ。何のためらいもなく“Je t’aime.”と口に出せた。
今確かな愛があるなら、明日に何が起ころうと、ベルナデットは後悔しないのだろう。
だがそれでいいのか。激しい炎はそれだけ早く燃え尽きる。ベルナデットが惜しみなく愛情を注いでくれるからといって、受け取るままでいればいつか豊かな泉も枯れ果てる。彼の女に同じだけの愛情で俺は応え続けられるだろうか。
「あなたの気持ちは嬉しい。あなたといれば自然と勇気が湧いてくる」
「そうでしょう? わたしだってそう」
ベルナデットの笑顔は清々しい。
「だがな、ベルナデット。俺は生まれた国ではドイツ語で話し、ここではフランス語で話している。子ども時分に外国語を学んで、現在それを活かした場で働いている」
ベルナデットは口角を下げた。
「あら、わたしがドイツ語ができないと心配しているの?」
「それもある」
「大丈夫よ。万国博覧会でもフランス語ができない外国の人たちが来ていたけれど、巴里で無事に過して帰っていったわ。それと同じ。本と首っ引きで、アー、ベー、ツェーと唱えているよりも実地で会話した方が身に着くんじゃないの?」
「その通りかも知れない。だが、自分から学ぼうとするのと、強制されて覚えさせられるのは違う。
大ドイツの中では差異はあってもドイツ語圏内で、普墺戦争の結果国境線が変わっても、大きく言葉は変わらない。
もしフランスとプロイセンが敵対して、プロイセンに有利な結果となったとする。そうなればドイツ語で話せと取り決められるかも知れない。あなたならどうする?」
「頑張って話せるようになる」
「あなただけではない。『ティユル』のみんなも、巴里で暮らす人々全員もだ。言っただろう? 自ら学ぶのと強制されては違う。母国語の使用を禁止されたら誰しも屈辱を感じ、憤る。
戦争に負ければ、そうなりかねない。巧みに敵国語を話す同国人を見て、敵に媚びていると憎む人も出てくるだろう」
ベルナデットの表情から明るさが消えた。彼の女に今言うべきではないのかも知れない。だが、国を捨てても構わないなら、ガリアの地でフランス語が話せなくなる可能性を頭の片隅に入れておいてもらわなくてはいけない。一応付け加えた。
「正反対にプロイセンを含む北ドイツでフランス語が公用語になる場合だってあるだろう。心配するなら両方だな」
逸らされ、床に向けられた視線の先で、彼の女は何を思うか。
「いきなりすべては有り得ないが、少しずつ戦勝国の決めたことに従わされ、かつての決まり事が使われなくなり古びていく。カレンブルクでもフランクフルトでもプロイセンに倣っていく日々だ。
あなたはフランスにそんな将来を望んでいないだろう?」
「そうね、わたしったら……」
次の言葉がなかなか出てこなかった。しばし考え込んで彼の女は言った。
「わたしの言ったことが極端だったことは認める。でもあなたといつまでも一緒にいたいのは本当の気持ち。信じてちょうだい」
「信じるとも。あなたの言葉、心は何よりも尊い。
現状を引き延ばすのではなくて、俺の異動が命じられようと、多少国同士が揉めようと、俺たちは離れないで済む方策をきちんと考えよう。そうすれば俺の身に何かあってもあなたが不自由しないようにできる」
でも、とベルナデットは言いかける。
「俺だってどうしたらいいのか迷いはある」
女性に縛られるのに未だにためらいを感じるが、ベルナデットに苦労をさせたくない。愛する女性には幸福になってもらいたい。矛盾した感情をどうにか撚り合わせて、一本筋の通った糸にしてしまいたい。




