七
「花香る春に鳥が鳴こうと、夏に緑が輝こうと、落ち葉舞い散る秋に果実の実りを祝おうと、冬に新しい年を迎えようと、あなたがいなければ何の喜びもない。あなたがいてこそ日々が満ち足りる。あなたがいなければ宮殿も牢獄と同じ。あなたと共にいれば荒野も楽園になる」
「ベルナデット、落ち着こう。取り乱して物事は決められない」
「取り乱してなんかいないわ。わたしは冷静よ」
「もう何も言わないでくれ」
俺はベルナデットを抱き締めた。そして告げた。
“Je t’aime.”
「愛している」と口に出せば、呪文のように心をも染め直す。
「わたしもあなたを愛している」
怖がっているのは俺の方か。ベルナデットの何者をも恐れぬ愛情に感動すればこそ、時とともに薄れ、失われたらと、この腕を解けなくなる。ためらいのない美しい心の表れが俺からいつしかすり抜けて行ってしまったら、俺は自力で立っていられるだろうか。人の心は気紛れと決めつけながら、彼の女の夢見るような瞳がほかの男に向けらたらきっと醜い嫉妬心に囚われてしまうだろう。
ありもしない、これからだって起こるかどうか判りもしないことに、暗闇で泣き出す幼児みたいな心境になっている。俺も頭を冷やさなければならない。
「オスカー、あなたの為ならフランスが無くなったって構わないの。あなたの為なら国だって捨てる。
わたしはあなたと一緒にいたい。望みはそれだけ。天使のラッパが鳴り響いて、天が落ち、大地がひび割れ、崩れ落ちようとも、あなたといれば怖くない」
「ああ、あなたといればきっと平気だ」
夢語りと笑われよう。だがたわむれで済まされない。これほどの決意を告げられたら、出来得る限りの感謝と覚悟を返さなければならない。
「有難う。あなたの気持ちはこの世で一番尊く、どんな星より、月よりも太陽よりも輝いている。
しかしフランスが無くなっても構わないなんて言うべきではない。自分の生まれ育った国が無くなるのは、言葉で言い表せないくらい辛いものだ。
緑の大地も夜空の美しい街もこの世に存在しているが、カレンブルクの国は無くなった。プロイセン王国の一部になった。戦争に負けた国の末路とはいえ、フランスが、巴里が同じ道を辿ったら、きっとあなたは嘆くだろう。だから、簡単に国を捨ててもいいと言うものではない」
「子どものような我が儘を言ったと思われたかしら?」
いいや、と俺は彼の女の頬を撫でた。
「俺は故国を失った。生まれ育った土地を別の国の名で呼ばなければならない。
あなたはその虚しさを知らない」
かつてあった王国の名の一つ、プロイセンの都市の一つになった我が故郷。思い返せば懐かしさと口惜しさが入り混じる。為政者たちの思惑に踊らされ、祖国を守り切れなかった。
「もしプロイセンとフランスが相争いことになったら……」
「わたしはあなたに味方する」
俺を遮って、ベルナデットは言った。
「あなたに付いて行く」
あれこれと思い惑う俺と比べて、ベルナデットは俺だけを一途に信じ、俺に未来を託そうとしている。
「本当に怖くはないのか?」
「どうして怖いなんて感じるの? あなたといればとずっと言っているじゃない。あなたが指し示す方向に進む」
女は男の言うことに従っていればいいという考えの持ち主なら、単純に喜ぶだろう。俺だってここまで目の前の女の慕われていると知るからこそ、嵐のように心が揺さぶられる。




