五
当初、オーストリアとドイツ諸邦を合わせれば、プロイセンを圧倒できるだけの人員がいるからプロイセンが挑発的な言辞を使おうと、強がり、ブラフと思われた。プロイセン宰相ビスマルクは誇大妄想だとも評されてきた。
それは全て誤り、とんだ見込み違いとなった。オーストリアもドイツ連邦も軍としては烏合の衆と呼ばれてしまう。
鉄道を破壊したといっても、レールの一本一本全部を剥がせない、一部を剥がし、爆薬で壊したり、埋めたりと、その場しのぎだ。プロイセン軍はすぐにも修復し、既にある鉄道路線を使い、追ってくるだろう。ローマ街道を使ってハンニバルが攻め込んでくるのを恐れたローマ人のように、その事実を直視しなくてはならない。
南にいる連邦軍第八軍団、南東の第七軍団のどちらかがゲッチンゲンに北上してハノーファー軍と合流する動きはないらしい。
リース大佐がどのように考えているのか知りたかった。ハノーファー市や昴を奪還すべく打って出るのか、それとも思い切って今からでも連邦軍へ合流すべく南下を始めるのか。ここでぼやぼやしていたら、プロイセン軍が迫ってくる。座していたらいずれ、包囲され、降伏勧告を受けるだけだ。
無謀な突進をしたいのではない。何の抵抗もせずに逃げ回りたくない。
「アレティン中尉の気も判らんではないが……」
ヴァイゲル少佐は溜息交じりだ。
「我々士官や叩き上げの下士官は一線交えねば気が済まないが、兵士たちはどうか。演習だからと連れてこられて、今度は戦争が始まったと故郷から遠ざかっている。士気が下がるまいかが気掛かりだ」
「確かに兵士たちの士気が悪ければ、進軍に影響が出てくる」
「ここでくすぶっていても、故郷に帰れんぞ」
ヨハンセンにシュミットが言った。
「生きて故郷に帰りたくばは、最後の最後に言う言葉だ。行軍の途中で吐く台詞ではない」
とヴァイゲル少佐は物思わしく、言った。
「中将や参謀も同じようにお考えだと思う。問題はどちらに移動した方が有効かだ」
「会議で妙案が出ればよろしいのですが、我々が思い付くようなことは上つ方も重々ご承知でしょう」
「プロイセン軍並みに移動速度を速くできるのなら、南下しているプロイセン軍を個別に叩く、まあハノーファー市の第十三師団かカッセルにいるベーエル師団のどちらかになるでしょうが、そうしていれば、少なくとも包囲される危険は避けられるでしょうし、もしかしたら、第八軍団か第七軍団が動くかも知れません」
「アレティン中尉の考えはもっともだ」
とヴァイゲル少佐は肯いてくれた。リース大佐のお考え合っているかも知れない、進言の価値はあるかも知れない、と呟いた。
「しかし、問題はあれだ」
「はあ、あれですか」
ブルックはもどかしげに口を挟んだ。
「あれじゃなくて、バイエルン王国でしょう」
「左様。先代のマクシミリアン2世だったら……」
ヴァイゲル少佐は言葉を濁した。二年前に即位したマクシミリアン2世の長男ルードヴィヒ王は政治にも軍事にも興味を示さず、趣味に興じて閉じこもりがちだという。馬に乗るのもやっとの老人でもあるまいし、二十歳になるかならないかの年齢で、たとえお飾りにせよ、国民に範を示すべき王がそれでいいのだろうか。だが他国の王だ、名指しで批判はし難い。
バイエルンがどこまで当てにできるか未知数。にしても、努力はしたい。
我が大隊の士官の話し合いが終わり、散会した。
「故郷にもフランクフルトにも知己がいる。ハノーファーに親戚がいる者だとているだろう。歯痒くて仕方がない」
「身軽でいるのがいいと日頃から言っている貴様でさえそうなのだから、ほかの者だって同じだ」
シュミットは言い捨てて、去っていった。
ブルックからどうしたと、肩を小突かれた。
「奴の言い分は当然と思ったんだ」
翌日、連邦軍との合流を目的として、ゲッチンゲンから南東のアイゼナッハを目指して出立した。包囲網を完成させまいとする各個撃破より、安全策が取られた。