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君影草  作者: 惠美子
第四十五章 空が落ち大地が割れ崩れようとも
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「俺を悪霊扱いしないでくれ」

「一つのたとえよ、ごめんなさい」

「役に立ちたいと気にする必要はない。ずっと伝えてきているじゃないか。

 俺だってあなたと一緒にいたい。絶えず離れず側にいられたらそれで充分満たされる気持ちになれるだろう。

 お互いに対等でいたいのなら、役に立ちたいという発想は要らないはずだ。一方的に奉仕しようとするのは対等さに欠ける」

「それならあなたは今後一切お金を出さないで。今日はあなたの奢り、これまでだってほとんど奢られてきた」

 いやいや、理屈が飛躍していないか。

「あなたの家に行けば食事をご馳走になるし、あなたから贈り物をもらうこともある。一方的に受け取ってばかりではないはずだ」

 違うわ、とベルナデットは反論する。

「家での食事は皆で一緒。わたし一人であなたへ出しているんじゃない。あなたは家族やお針子たちへ手土産や贈り物を持ってきて、皆で食卓を囲んでいる。わたしがあなたに贈り物をするといっても、あなたが出掛けるたびにお代を持ってくれるのよりずっと少ない」

 それは俺が男でベルナデットが女だから、自然にそうなるだけ。社会的な慣習があり、所有する家財や収入に差がある。おとなしく慣習に従っていればいい。

「わたしは気にしてしまう。あなたばかりお金を使わせている。あなたがそれなりの財産を持っているから? 男性だから? 町場のお針子に過ぎないわたしよりも地位も立場もずっとあなたが上だから?」

 どん、と胸を突かれるのに似た衝撃を感じた。

「そんなふうに思っていたなんて驚いた。

 俺たちの関係は貸借で結ばれているものだとでも?」

 いいえ、とベルナデットは即答した。

「でもわたしたちの関係って何? わたしはあなたよき女友だち(bonne amie)なの?」「友だち」の単語の意味の手軽さ、異性の友だちはヨーロッパのどこの国の言葉でもおおよそ友情だけの存在を指さない。込み入った事情の説明なしで関わり合いをほのめかす。ベルナデットは便利な言葉でひとくくりの存在にしたくない。だが、ほかになんと言い表せよう。

 いつも俺は他人に、彼の女は従妹と説明してきた。ただの従兄妹同士ではなかろうと、からかい気味に探ってくる向きに、強い否定はできずに流してきた。

 ――アレティンとラ・ヴァリエールはいいお友だち同士。

 と囁かれても抗議できない。

 女性にとって特定の異性との間柄を「いいお友だち」だの「いい人」だのといつまでも言われたら、気分がよくないに決まっている。

 ベルナデットと付き合い出してから、どれくらい経ったか。俺が巴里に来てからの時間に等しいくらいになる。

 モン・シェリと呼ぶ男と一年、二年と過したら、女性は行く末どうなるかと様々に思い描くのが普通だろう。お針子に指示を出しながらの顧客ありきの仕事をしていれば、私的な空間で悩みたくはない。将来の約束もろくにしてくれないままの男は女性を不安にさせる。軍団で長く過して命を的にするのも平気になった男には、安定や寛ぎは仮初のものだが、やさしい女性にとってはそうではない。面と向かって迫られて、やっと思い至る己の鈍さに恥じ入るしかない。

 現在の居心地の良さにかまけて、ベルナデットの心情を慮るのに欠けていた。患う俺の身体に、彼の女の生まれ育った国に不利をもたらす可能性の大きい俺の職務に、関わらせて彼の女の人生を色褪せさせてはいけない。

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