三
強張った舌をやっと動かし、声を絞り出した。
「言わなくたって判っているだろう?」
「こういうことは何度言ったっていいの。わたしが満足するように言ってちょうだい」
答えを渋って誤解されたら厄介極まりない。
「あなたは俺の従妹で、俺の……、あなたは俺のモン・シェリ、愛する女性」
フランス男に敵うべくもないが、フランス語で考え付くまま言葉に出した。納得したのかしないのか、ベルナデットの視線はいくらか和らいだ。
「もっと言って」
「俺の大事な宝石、巴里の女神、モン・クール」
残念ながら俺は詩人ならざる身。目の前の女性を称える言葉が無限に出てこない。
「それから?」
「一日中ずっと聞かせろと?」
「あなた次第よ、我が心」
ベルナデットは肩をすくめてみせた。
「男の人は女に言う事を聞けとよくよく口にして、思う通りに従わせようとするし、あなたもそういうところがある」
反論しようとすると、ベルナデットが手の平を向けて止めた。
「そうでしょう? 自分の仕事に関わるなとずっと言い続けて、わたしにそれを呑み込ませようとしている。
今更、どうしてもああもない。わたしはあなたと一緒にいることを選んだ。一緒にいれば、あなたについて、あなたの仕事について見ざる聞かざる言わざるでいられる訳がない。あなたはそれを判っていない。
それとも何? わたしを人形か何かみたいに突っ立ってにこにこしている程度の頭の出来の女だと思っている?」
ふたたびのメドゥーサだ。
「いいや、あなたは優れた美意識の持ち主で感性豊かで、『ティユル』になくてはならないクチュリエール。噂話を頭に刻んでこそこそと駆け引きの手段にしようとするのは、頭の使い方として間違っている」
ベルナデットの唇が微笑の形を取った。しかし眼差しは冷たいままだ。
「あなたはわたしを評価してくれる。有難いことだわ。
あなたは、一緒になるからには、所帯を持つからには仕事を辞めろという奴じゃない。
アンヌは好きな相手から仕事を辞めろと言われて別れた経験がある。
母は店を持つのを目標にして働いてきて、アンヌはそれを見て育ってきた。わたしが物心つく頃に『ティユル』があって、何の疑問も抱かずずっと働いてきたけれど……」
ベルナデットは言い淀み、また口を開いた。
「どう説明したらいいか上手く言葉が出ないけれど、多分、母やアンヌとは、わたしは違う。母もアンヌも恋も仕事も両方きちんと進められる。でもわたしはちょっと性質が違っていて、恋愛一方になってしまう。昔、それで失敗しかけた」
人は失敗から学び、痛みは強さを引き寄せる。
「あなたは痛手から立ち直って、賢さを身に着けた」
ベルナデットは首を振った。
「恋愛に賢明ってあると思う? 人の性質が変わらなければ結局同じことを繰り返してしまうんじゃないかしら?」
ベルナデットは両手を顔の脇に添えて前に動かした。
「馬車馬みたいに前しか見えない、好きな人しか目に入らない。わたしはそうなの。好きな相手と付き合いながら、しっかり仕事して、店まで盛り立てる母やアンヌみたいになれない」
「それなら、あなたの仕事を尊重する俺は丁度いい存在じゃないか」
判ってない、あなたは本当に判っていない、とベルナデットは繰り返した。
「仕事を辞めたいと考えたのか」
いいえ、とベルナデットは即答した。
「仕事は大事。自分の力で稼げるのがどんなに有難いか知っている。
ただね、頭で判っていても、気持ちが収まらなくなってくるの。わたしはあなたが好き。あなたと一緒にいたい。あなたと一緒にいる為なら、あなたの役に立てるのなら、何だってする。そういう感情にとらわれてしまう。ええ、憑りつかれると言っていい」
恋愛は熱病、熱に浮かされ、とんでもない発想になる。




