二
女性が起き出しているのに、いつまでも寝台に寝そべっているのは寝汚いと謗られよう。欲に囚われて怠惰に流れるのは罪だ。床を出て、俺も湯を使って体を拭い、着替えた。
「これでようやく、お早うございます、だわ」
マダム・メイエか女中に朝の挨拶をしても大丈夫なくらい身支度を整え、お湯を沸かしたのだからお茶でも淹れようかと、ベルナデットがポットと茶碗を準備し始めた。やはり起き抜けは水分を補給したい。紅茶を淹れてもらい、茶碗から暖を取るように両手で包んだ。ベルナデットも同じようにして紅茶を飲む。目と目が合い、和んだ気持ちになれる。黙ったままの時がゆっくりと流れた。空になった茶碗を置いて、ベルナデットが口を開いた。
「考え事はまとまったの?」
「ああ」
俺は肯いた。
「今後、女性同伴が条件の場所に出向く話が来たらあなたにお願いする。ラ・パイーヴァの屋敷だろうとテュイルリー宮だろうとも、必ず」
ベルナデットは満足そうに微笑んだ。
「良かった。少しでも仕事に関連する所には連れて行かないと言い続けるんじゃないかと心配していたの」
手を伸ばし、彼の女の肩を抱き寄せた。
「マドモワゼル・レヴァンドフスカやマドモワゼル・レオンではなくて、あなたがわたしの手を取ってくれて、あなたの同伴者と紹介してもらえるなら嬉しい」
俺の隣にいられる、そしてそれを出席者に知らせられると想像するだけでも心躍るらしい。今晩にでも着飾って夜会に出られると聞かされたかのように、とんとんと指先は軽やかに拍子を取った。彼の女の様子を見ていると、こちらも浮き立つ気分になる。
「楽しみだわ」
「そうだな」
「わたし、殿方がするような軍隊や政治のお話は判らないと思うけれど、女同士で話をしていて、そこからきっと面白くて役に立つようなことを聞いてくることはできると思う」
え? と俺は目を瞬いた。
「女同士でも商売や投資がどうのと堅い話題を好む人はいるし、お付き合いの中で出てくる不満やら愚痴やらを言って、それが旦那様の内密の仕事の内容に触れていたって、洋裁店でままあることよ。わたしがそんな類のことを耳にしたら、あなたに教えるわ」
冗談で言っているのではなかった。
「あなたがそんなことに気を回さなくていい。出掛けた先で、出席している人たちの服装、意匠を見たいと以前言っていたじゃないか。
女性同士のお喋り、ああ、行けば会話もあるだろうが、そこで何か探り出すなんてする必要はない」
「ええ、そりゃこっちだって招待された先で変な真似はしたくないわ。ただお話ししているうちに、あなたの仕事の役に立ちそうなことを聞いたら報告すると言っているの。わたし、おかしなことを言っている?」
「おかしいも何も、俺の職務に関わるなとずっと言っている。
俺が何をしていようと、あなたは見ざる聞かざる言わざる。それだけでいい」
「本当にそれで済むと思うの?」
自分の眉間に皺が寄るのが判る。彼の女には洋裁店がある。汚れ仕事は俺だけでいい。
「それこそあなたには関係ない」
さっとベルナデットの顔が強張った。
「関係がないなんて言わせない」
青い瞳は俺を容赦なく睨みつけた。
「一体わたしはあなたの何? あなたはわたしにとって何者?」
ギリシア神話のメドゥーサのごとく、威力のある視線だった。口を開こうとしても言葉が出ない。
マダム・メイエが早く朝食を運んできてくれないだろうか。




