十
「どうだったかな?」
と言い掛けて、やめた。誤魔化し通す自信がないし、勘付かれてベルナデットに荒れられたらお互い心の内は無傷でいられない。
「あなたとは会っていた。確かあれはあなたにアグラーヤを紹介して、『ティユル』に連れていった後だったはず」
ベルナデットは目を伏せた。彼の女にとって愉快ならざる事実なのだろうが、騙されるのが一番嫌だ、いつでも真実を話してくれと主張しているのだから受け止めてもらうしかない。しばし考え込んで、やっとベルナデットは口を開いた。
「正直に話してくれて有難う」
眉の辺りに不発弾を残しているのが窺えるが、彼の女はできるだけ朗らかに振る舞おうと決めたらしい。
「きちんとお話してくれたお陰で、悪い方に想像したりしないで済むわ」
良かった、とどこまで安心してよいものか。
「あなたがわたしの身や家族、店の評判を気に掛けてくれているのは有難いし、嬉しいわ。あなたがどれだけわたしたちを、わたしを大切に想ってくれているのが判る。
でもそれとこれとは別の問題があるの。
わたしの気が済まない」
ドイツ語ともフランス語とも知れない言語を聞かされたように、俺はベルナデットの言葉を咀嚼しきれなかった。
「気が済まないと言ったって、俺の仕事のことだし、ぜひともあなたを連れて来いとせがまれた訳でもない。
たまたまカフェで行きあわせた女性が話題作りにと興味を示してくれたから、ラ・パイーヴァの屋敷に連れて行ったが、それだけだ。下らない賭けを思い付くような類の女性にあなたを関わらせたくなかった。俺の職務の為にあなたの時間を奪えないと考えたからだ」
「マドモワゼル・レオンのお父様が軍人だったっていうんなら、敬意を向けられる家の方だったんでしょう? そうじゃないの?
マドモワゼル・レオンならラ・パイーヴァに関わらせてよくて、わたしはそうじゃないのっていう理屈が、わたしには判らないわ」
それは、と言葉に詰まった。どんな言葉を使ったらベルナデットは納得してくれるだろう。
「身内が職務に関わるのはよくない」
そう言い続けるしかない。
「あの時はラ・パイーヴァの前身から、『ティユル』の評判に悪影響を及ぼすだろうと判断した。それに賭けで一回限りの付き合いだと、レオン嬢を誘って連れて行った」
「でもその後もマドモワゼル・レオンはマダム・ド・ラ・パイーヴァと会っているんでしょう」
「それは結果論だ。レオン嬢はあの当時引っ越す予定だと言っていたのも好都合だと思ったんだ。ところが、――本当に引っ越したのかどうか――また巴里に舞い戻って暮らしている」
ベルナデットは胸に手を当て、俺の言い分を飲み込もうと努力している、ように見えた。だが違った。
「結果として、フランス軍の軍人さんの娘がプロイセンの大貴族の後援を受けている女性の屋敷に出入りするようになった。
わたしがラ・パイーヴァの屋敷に出入りするようになったとしたら、わたしはあの女性とどんな話をするようになるのかしら?」
「想像したくないな」
「そこは無理してでも想像してみて欲しいわ」
頭突きはせずに、人差し指が俺の額を突っついた。
「ラ・パイーヴァからお誘いがあったとか、大使館のお仕事で女性同伴を指定されてきたら、遠慮なく言ってちょうだいね。店の評判についても、母が言っていた通りに申し分は幾らでも立つでしょう。
あなたは気にする必要はないの」
ベルナデットの言い分は判る。だが俺がそれをためらう理由を理解してくれてもいいはずだ。ベルナデットは俺の気持ちを知ってか知らずか、冷めた口調で告げた。
「本心を言うと、あなたとこんな遣り取りを繰り返すのはくたびれてしまったの」
言葉の重さにくずおれて、彼の女に頭をぶつけそうになった。




