六
教会でカトリックの神父の言葉を聞き、祈った。プロテスタント教徒であっても今晩は聖なる日、お赦しいただけよう。
今は無心に祈る。神の子の生誕を祝い、大切な人たちの健やかさを願う。
軒端の小鳥を慈しみ、野に咲く花にも輝きを与える主よ。どうかここに祈る小さき者にも憐れみをお与えください。どうか大切に想う人たちにさいわいを恵みたまい、俺から彼の女たちを守る力を奪わないでください。
聖なる夜、聖なる場所は人を幼子のような赤心に返らせる。一切は清らかな精神に立ち戻り、心を引き締めた。教会で洗い上げられた厳かな気持ちのまま帰途に着き、家族と抱き合い、眠りに就いた。
大使館での年越しや宮廷やラ・パイーヴァ邸での新年祝いをこなしつつ、今年の一月六日の公現祭は『ティユル』で過せた。ルイーズがテーブルの下に潜り込んで、切り分けられたガレット・デ・ロワを誰が取るか順番を指示した。本来小さな子どものやることなのだそうだが、ルイーズが面白がって続けているとか。皆にガレット・デ・ロワが行き渡り、手を付けると、お針子の一人の皿に当たりのフェーブ(豆)が入っていて、彼の女がその日の女王様となり、紙の冠をかぶせられた。
他愛もない年中行事、ちょっとした遊び心。しかし去年は体験しそびれた。こうして菓子に豆が入っているかいないかに一喜一憂し、一日だけの王様気分で笑いさざめき、浮かれ騒ぐ。士官学校や南部軍団にいた頃もバカ騒ぎをしたものだが、あれは男ばかりだった。街中で女性ばかりの祭りの場はまた音域が違う。何といっても痛飲しない分、羽目を外し過ぎない。酒精はほんの香りばかり、菓子の当たり外れで盛り上がった。紙の冠の女王様に給仕して、真似事の主従ごっこで、お針子たちやルイーズがまた笑い転げる。
ベルナデットが俺の様子を窺った。楽しんでいる? と訊きたげだ。楽しいよ、と俺は無言で笑ってみせた。ここには明るい笑いと祝祭の雰囲気しかない。
「お兄さんの故郷ではどんなふうに公現祭をお祝いするの?」
とルイーズと朗らかだ。
「そうだな……、士官学校では東方の三賢人の恰好をしてたかな?」
「髭を付けて?」
「俺に役は回ってこなかったから髭はなし」
東方の三博士の髭や帽子、と言って、ルイーズは可笑しさが止まらないようだった。
「飲んでもいないのに、酔っ払ったようなんだから困ったわね」
とマリー゠アンヌが苦笑した。だが不快なやかましさはない。何の陰りも気兼ねもなく、心からの寛ぎがある。
「年が明けて、また仕事に励まなくちゃいけないわ」
「己に役割があると知るのは喜びでもあります。次の休みはどう過そうと考えられるのもいい」
「オスカーはどうしたい?」
「オデオン座にサラ・ベルナールの新作が掛かるそうだから、それを観に行きたいですね」
あらまあ、とマリー゠アンヌが肩をすくめた。
「ベルナデット、良かったじゃない。きっと誘ってくれるわよ」
さっと皆の注目が集まって、ベルナデットは照れた。並んで前を向いて座っている分には体に負担もなかろうし、二人で出掛けるには丁度いい。早速オデオン座の席を取れるか確認しよう。
自分の身の不安を見まいとしていた。まだ平気だ。厳冬でも風邪気味程度の不調で済んでいる、と思い込もうとしていた。
一月も上旬を過ぎる頃、大使館で知らされた情報に心底驚いた。プロイセン参謀本部参謀総長モルトケ大将の妻マリー夫人の訃報だ。ご夫婦で馬に乗って散歩の途中雨に降られてそれが元で体調を崩され、先月の二十四日に亡くなられた。夫人は四十を越えられたばかりだったと記憶する。ご自身よりもずっとお若い奥様を喪われた閣下の嘆きはいかばかりか。仲睦まじかったご様子を思い出し、いたたまれない。
死は気付かぬうちに忍び寄り、強引に冥界へと連れ去ってしまう。




