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君影草  作者: 惠美子
第四十四章 岐路
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 あっという間に一年の最後の月だ。慌ただしくも変わらぬ日常。しかしどこかしら変化はある。冬だから寒いのは当たり前、しかしこれほど寒さが身に染みる年があっただろうか。まだ三十に達していないのに、老け込んだのかと嘆きたくなる。年明けにまた大寒波でも到来する前兆なのではないかと、想像で気を紛らわす。

 年末の恒例行事をこなしつつ、大使館や宮廷で、ラ・パイーヴァの屋敷、『ティユル』と各所に顔を出し、暦は進む。

「また風邪をひいたのじゃないのかね?」

 とハウスマン少佐が声を掛ける。

「そんなふうに見えますか?」

「頬を赤い。熱がありそうに見える。休息を取れるのならそうした方がいい」

 言われてみれば顔がほてっているような感じがする。それで報告書の筆が進まないのか。

「今年中に報告を終えたい情報がありますので、それを終えたらそうします」

「根を詰めすぎるなよ。大使ご自身もこの頃はお加減がよろしくない。お出掛けを減らしていることだし、貴官も急ぎがなければ体を休めるのを優先した方がいい」

「心得ているつもりですが、どうも動いていないと気が済まない性分のようで……」

 ハウスマン少佐は困ったような表情をする。

「損な性分だ」

「ええ、判っています」

「大幅な人事異動が決まればもっと忙しくなる」

 思わず少佐の顔を見直した。確かにここのところのゴルツ大使は痩せて顔色が優れないし、発声に力がなくなった。高齢とは言えないが若くもない。もしかしたら大使は帰国を申請しているかも知れない。

「急に寒くなったから大使も貴官も調子を崩しているのだろう。降誕祭が近いからといって、明日できることを今日のうちに済まそうと力を出し過ぎないようにしてくれ」

「はい、気を付けます」

 今年の初めに肺炎を患って大分経つが、体力が戻らない焦りがある。自分の身体にとってそれほど大きな痛手だったのかと、胸がせき上げてきそうだ。

 いや、心の内の呟きではなく、本当に咳がこみ上げてきた。堪えきれずに咳き込む。咳をすれば胸が痛む。これ以上仕事を続けても出来は良くならないと判っているが、下書きくらい終わらせないと、気になって眠れなくなる。全く損な性格をしている。

 ドレクリューズの裁判から新聞で共和主義者の発言が取り上げられる機会が目に見えて増えた。裁判でのガンベッタの言説が帝政の正当性をも問う内容だったために、皇妃が思わず「逮捕しないのか」と口にしたらしいと市井に噂が流れている。事実だとしたら帝室にとって悪い方向に影響を与えかねない。批判に対して強権で潰そうとする態度を見せたらフランス人の気質からして反発するだろう。ガセネタだったとしてもあの皇妃(・・・・)なら言い兼ねないと思われている。批判を寄せられて余裕を持っていられないのだろうが、ただでさえ皇帝夫妻の人気は落ちていているのだ。それが天の声と思って我慢していただくしかない。

 勢いのあるプロイセンに比べてフランスはこれらの事柄から不安定要素ばかりとまとめて、一旦帰宅しよう。

 大使館を出ると外気の冷たさに身がすくむ。立ち尽くしていても暖かくならないのだから、早く行こう。また咳が出る。寝込むのはごめんだ。

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