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君影草  作者: 惠美子
第四十三章 激しい風の吹くままに
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 レオン嬢を見ていると、他人事へ心配するよりも自身の身の周りに注意を払うべきだと気付かされる。戦場のど真ん中でなくても、護衛や探索の最中に傷付き、或いは命を落とすこともあるかも知れない。だがそれは軍人になると自分で選んで進んできた我が人生。どんな結果となろうと後悔しない。できるなら間諜としてではなく、銃や剣を手にして戦場で倒れたいと願う。

 俺一人ならそれでいい。(プレヤデン)の屋敷や財も父の遺した商会もそれぞれ管理している者たちがいるし、アンドレーアスやディナスがいるのだから任せられる。ベルナデットや伯母の存在もアンドレーアスは了解しているから配慮してくれるはずだし、今後財産の分与や遺言状への記載を考えよう。

 それでも強風にさらされて折れそうな木の枝のごとく、気持ちの揺れが収まらない。俺がいなくなったら……ベルナデットはどうするのだろう。『ティユル』があるし、彼の女は仕事に誇りを持っている。生活に困ることはなかろう。身も世もあらぬほど嘆き悲しもうとも、人の心は月が細って見えなくなってもまた満月を迎え、散った花が翌年の季節に次の花を咲かせるように、立ち直る。そうであるべきだ。

 ベルナデットに俺の職務を打ち明けていない。一介の駐在武官と信じているだろう。それでいい。ベルナデットはフランス人。フランス人からすれば俺の任務など褒められるものではない。

 ベルナデットを知らなければ、いや、ただの従妹と割り切った感情でいられれば、今更思い煩いはしなかった。

 大切な存在は弱味になり得る。

 カレンブルク貴族の血を引き、プロイセン陸軍参謀本部の士官の従兄と親しく行き来をしている女性がいると、ベルナデットにフランス側が目を付けまいか。レオン嬢の現在を知って、俺はベルナデットを掌に包み込み、隠してしまいたくなる。

 不可能なのは判っている。

 せめて昴か伯林(ベルリン)に連れて行けないかとも頭をよぎる。

 だがそれだとて実現できまい。ベルナデットは巴里(ここ)から離れられない。ずっと巴里で暮らし、生活の全ての基盤は巴里にある。言葉だって不自由するだろう。ベルナデットこそは巴里を象徴する女神(マリアンヌ)、引き抜いた花を無理に異国に植えたところで、萎れてしまう。

 萎れさせない為にも、ここでの暮らしと仕事を続けさせる為にも、俺が彼の女たちの安寧を守らなければならない。

 俺は弱くない。行く手を阻む者を容赦なく倒す気力は充分に持っている。その心をもって大切な人たちへ手を拡げ、盾となろう。風に揺さぶられる頼りない草木でなく、大きな樹木となって枝葉を掲げて、身を()く日差しも礫の雨も吹雪も防いで決して彼の女たちを害させない。

 フランスとプロイセンの間に吹く風は穏やかではない。いつ強さを増して吹き付けるか判らない。能う限りの力を尽くそう。身を伏せてやり過ごせなくなるほど激しく吹く風に見舞われたなら、その時こそは手を取りベルナデットを連れ出そう、激しい風に乗って。

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