八
さてさて、レオニー・レオンは俺みたいなゲルマン系の(自惚れる訳ではないが)そこそこ整った顔より、レオン・ガンベッタのような(俺より背が低くて)がっちりとした体格と美形と形容しがたい顔の男が好みらしい。
レオン嬢に好意を寄せられても応えられるはずもないのだから、がっかりするのはおかしい。おかしいのだが、何故か気落ちする。俺の心情を知ってか知らずかレオニー・レオンは無邪気に話を続ける。
「ああ、ムシュウ・ガンベッタの舌鋒鋭い演説をここでわたしが再現できたらいいのに。そうしたら、マダムも大尉さんもきっとガンベッタ先生の素晴らしさを理解してくださいますわ!」
彼の女には悪いが俺もラ・パイーヴァも異国の生まれだ。草莽の志士が帝政を批判し、共和制を賛美しようと、フランスの政体がこの先また変わる可能性があるのだろうかと冷ややかさをもって眺める。
「法廷で弁論を始める際はなんて身なりに気を遣わない男性なんだろうと驚いたんです。でも腕を振り上げ、全身を使って語る姿を拝見しているうちに、髪が乱れるのもクラバットがずれているのも、上着が着崩れするも当たり前の姿と目に映ってきます。あのような熱弁を振るう方ならお行儀の良さは必要ないんです」
晴の舞台ならきちんと着付けをするのではと思ったが、ガンベッタはそんな世間並の礼儀は気に留めなかったらしい。みっともない恰好は女性に蛇蝎のごとく嫌われると信じていたのに、レオニー・レオンに受けている……。
女心は不可解だ。
「これからもムシュウ・ガンベッタを応援します」
応援すべきは弁護士ではなくて被告のドレクリューズではなかろうか。
「気持ちに張り合いがあるのはいいことよ」
とラ・パイーヴァが言うのは心なしかおざなりのように感じる。レオン嬢は肯定されたと捉えてにっこりとした。
「ええ、日々の楽しみは大切です。年金や援助に頼らずに済むようにとお勤め先も世話していただきましたから、もし辛いことがあったとしても気持ちの支えになります」
「ほう、お仕事を?」
「はい、退役軍人の方のお宅で書類や手紙の整理をしたり、奥様のお話し相手をしたりをしています。午前中だけ勤めればいい条件で、アルアォンス――甥の名前です――は母や妹が見ていてくれるので、それでなんとかこなしています」
そんな仕事では手間賃程度にしかなるまい。家族四人が巴里で暮らすのに間に合うのか。奥様の話し相手をするあたり、以前のように愛人稼業をせずに済むよう、年金に給金を加えてフランス陸軍の遺族が道を外さないようにと配慮してもらえたのか。
「奥様のお話し相手をするのは大変そうね」
「そうでもありませんよ。気さくな方ですし、ほとんど旦那様もご一緒しています。わたしは聞き役でいればいいんですもの。真の愛国者として如何に行動すべきか、ヨーロッパの平和とは、とわたしと奥様にずっと説いていらっしゃる。回想録をお書きになる予定みたいです」
「下手に相槌を打ったり口を挟んだりできなさそうですね」
レオン嬢は顔をしかめて見せる。
「ですから黙って聞いています」
フランスの真の愛国者なら帝政を支持するのか批判するのか、その退役軍人とやらの意見はどちらだろう。
「家の中で演説するにしても聞き手がいれば当たり障りなく収めそうな気がしますが、マドモワゼルから見てその退役者は穏健派ですか? 急進派ですか?」
急にあっと何かに気付いたような顔をした。
「わたしに難しいことは判りません」
賢い返答だ。本当に判断が付いていないのかも知れないが。一瞬よぎった乾いた目付きは警戒心の点滅に感じられる。勤め先で見知った事柄は他所で喋るなと言い付けられているのだろう、それを思い出したか。だが誘導次第でレオン嬢は口を滑らせそうだ。
「それよりも大尉さんはどうお過しだったんですか?」
レオン嬢は話題を変えた。
「冬に酷い風邪を引きましたから、今年は養生に努めて大人しくしていましたよ。これからまた寒くなりますから、用心一方です」
風邪には白湯に生姜をすりおろしたものがいい、蜂蜜がいい、と民間療法の話になった。




