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君影草  作者: 惠美子
第四十三章 激しい風の吹くままに
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 カフェや食堂の席でも、劇場の待合でもドレクリューズの裁判が話題に上る。原告が政府相手ではかれの不利は明々白々。しかしドレクリューズは昔から言論で戦ってきた歴戦の勇者。被告席に座らせられての有罪判決で罰金も流刑も経験済みだ。自身や弁護人がどのように論戦を張って政府と対決しようとするか、ほぼ見世物気分の期待がある。

「僕は裁判所に行きます。誰か行く奴はいないかと上司から声が掛かって、真っ先に手を挙げました」

 ボーションは仕事でなくても傍聴に行くだろう。俺は行かない。当日の傍聴席が混み合うのは目に見えているし、直接見聞きして来いと上から指示は出されていない。その場で判決が出ないし(何回か弁論があって判決は年内に出るかどうかだろう)、かれらジャーナリストから様子は十二分に教えてもらえるし、市井に出れば市民の反応も窺える。

 十一月十四日、裁判所で傍聴人は総立ちとなり、弁護人に万雷の拍手を送ったという。被告席のドレクリューズの勇気は勿論、弁護士のレオン・ガンベッタがドレクリューズへの弁護をはじめ帝政に対する弾劾を滔々と述べ、耳にした人々は熱狂した。見事な演説振りにドレクリューズはガンベッタを称えようと抱擁したとまで新聞に載せられている。

 さて、新聞に載せられた挿絵の顔がガンベッタ本人とよく似ているのなら、この顔はどこかで見た。閉じかけた右目と髭面、確かカフェでいきなり話し掛けてきた食べこぼしばかりの服を着た弁護士だ。直後にリオンクール侯爵とも話をしたから間違いない。共和制支持と聞くから今回の裁判は腕の見せ所だったのだろう。裁判の翌日は日曜日にも関わらず売店の新聞は飛ぶように売れている。一通りの新聞に目を通し、ラ・パイーヴァからたまにはいいでしょうと招待された午餐会に向かった。

 昼間の呼び出しだからと予想していたら、果たしてレオニー・レオンがいた。

「久し振りにマドモワゼルとお会いして話をしたかったのよ。大尉さんも一緒にね」

 こうして並ぶと貫禄溢れるラ・パイーヴァと年齢の割に初々しさを失わないレオニー・レオンは好対照だ。取り持ち女とまだ仕事に慣れていない娼婦を前にする放蕩者になった気がする。

「お招き有難うございます。ご機嫌いかがですか?」

 お陰様でとか、お元気でしたかと一通りの挨拶を終えると、自然と会話が昨日の裁判となった。レオニー・レオンがさも重大事を打ち明けるといった(てい)で言った。

「ムシュウがいらっしゃる前もお話していたんですけど、わたし、裁判の傍聴に行ったんです」

 大袈裟に物を言ってみたいのが人の(さが)なのか、フランス人の癖なのか。つい苦笑してしまった。礼を失しないようにとすぐに言った。

「マドモワゼルは「ボダン事件」に興味がおありで?」

「意外でしたか?」

「いえ、ああいった席には野次を飛ばす()しからぬ輩がでんと陣取っていて、それを怖がる方もいますから、しっかりした見識をお持ちだと感心しまして」

 レオニー・レオンは大仰に肩を動かした。

「あらわたしだってそれなりに意見は持っていますよ」

 そうですとも、とラ・パイーヴぁまでよく判らない援護射撃をしてきた。知らぬところで随分と打ち解けたものだ。

「ムシュウ・ドレクリューズの態度もご立派でしたけど、弁護士のムシュウ・ガンベッタも素晴らしかったです。検察側が止めようとしても意に介さず弁護の演説を続けて、まるで雷が鳴り響くようでした」

 初対面の俺に少しも遠慮せずあれやこれやと話し掛けてきた根性の持ち主ならさもあらん。

 レオン・ガンベッタへの俺の抱く印象と、彼の女の抱く印象はまるで違うらしい。彼の女は昨日の様子を思い出してかうっとりとした目付きをした。

「力強くて素晴らしい方でしたわ、レオン・ガンベッタ様。強きに対抗し、不当を許さないと主張する姿に感銘を受けました。古代ローマの例を引いての言葉はまるで立像のように輝かしいものでした。今後も裁判所に参ります」

 言論人に対する褒め方とずれているのでは、と感じたが、ここは我慢しよう。まるで美男の舞台俳優にのぼせる小娘を見ているようで、俺が批判でもしようものならヒドイの一言泣き出しかねない。なにやらラ・パイーヴァも困ったような笑い方をしている。

 ――ごめんなさい、お客さんはこの子の好みじゃなかったようです。

 と、取り持ち女に無言で告げられた感がある。

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