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君影草  作者: 惠美子
第四十三章 激しい風の吹くままに
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 今やドレクリューズ発行の新聞『目覚め(ル・レヴェイユ)』は巴里で一番の人気誌と言っていい。1851年のクー・デタの際に命を落とした共和派の議員の銅像を建てようと、ドレクリューズは募金を呼び掛けた。政府がドレクリューズを危険視し、活動に圧力を掛けたいのは判るが、刑事裁判で被告席に座らせるのは良い手立てではないような気がする。

 無論、批判的な言論人を有無を言わせずしょっ引いて投獄したら文明国家の名が廃るから、裁判に持ち込んで潰そうとしているのだろう。だが被告は歴戦のジャーナリストであり、弁護人だってつく。軍法会議ではあるまいし、裁判を非公開にできまい。熱弁を振るって傍聴人にも訴えかける。公判で多少の騒乱は織り込み済みか。

「ムシュウはドレクリューズの裁判に期待しているのですか?」

 ボーションはジャーナリストらしく答えた。

「裁判にかれが勝てるかどうか判りません。政府相手では難しいでしょう。でも文字通り『目覚め』を期待しています。巴里市民、フランス国民の目覚めです」

 大革命で王制を廃止して共和制になってもまた君主を戴いた歴史があるじゃないか、フランスは目まぐるしい繰り返しばかりじゃないか、と反論しないでおく。現状に満足するのは愚か者なのかどうか、俺が論評すべきではないし、ボーションと議論しても益がない。かれは聞き役がいて欲しいだけだ。話を遮らず、巴里の事情に疎そうな相手に蒙を啓く気になって長々と語る。俺はフランスのジャーナリズムの論調や世論の形成の一旦を得る。仕事でなければブールヴァール沿いの洒落たカフェで、青臭い屁理屈を並べる男と誰が一緒にいるものか。

 ベルナデットと過せたらどんなにいいかと、他愛のないことが頭の片隅をよぎる。まだ彼の女とここに来ていなかった、ここで同席した女性はレオニー・レオンだったとぼんやりと思い出す。ボーションが国際労働者協会の活動について説明をはじめ、耳はそちらに向け、視線は歩道に向いていた。

 ブロンズ色の特徴のある肌の色の女性が小さな男の子の手を引いて歩道を行く。

 あれは?

 見覚えがある。先程までの思い出していた女性の面影と重ね合わせる。整った顔立ちに黒髪、愛嬌のある青い目。

 彼の女はレオニー・レオンに間違いない。もう巴里に戻ってきていたか。ここでボーションの話を中断させるほど重要人物でなし、視線を移して知らぬ振りをした。しかしボーションが話を止めた。

「大尉さん、お知り合いですか?」

 レオニー・レオンが近くまで来ていた。

「こんにちは、プロイセンからいらしている軍人さんですよね。以前、シャン゠ゼリゼのお屋敷にご一緒した?」

 思い出したふうを装って、愛想笑いをした。

「ええ、覚えています。マドモワゼル・レオンですね? お誘いしたアレティンです」

「お知り合いでしたら、僕は失礼しましょうか」

 席を立とうとするボーションを彼の女は慌てて止めた。

「いいえ、割り込んでしまってごめんなさい。お久し振りでしたのでご挨拶だけで失礼します。甥を連れていますから、こちらこそ失礼します」

 男の子が拗ねたようにして黙ってレオニー・レオンの手を引っ張った。母親の注意が自分から逸れて面白くないようだ。長く我慢はさせられまい。レオニー・レオンは父の旧友やラ・パイーヴァの紹介があってまた巴里に引っ越しできたと告げた。

「いずれまた。ゆっくりとお話しできることもあるでしょう」

 退屈した男の子に促されるように、彼の女は立ち去った。軍人だった彼の女の父親の旧友やラ・パイーヴァが親切心から世話してやったのだったら彼の女にとってさいわい。ここで挨拶したのがただの偶然だったら俺にとってさいわい。

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