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君影草  作者: 惠美子
第四十三章 激しい風の吹くままに
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 本部からの電信で巴里の市井の観察を続けよと指示が来た。スペインにも外交官と駐在武官がいる。それぞれの持ち場で働けだ。驚愕したら次は落ち着かなくてはいけない。

 ピレネーから向こうはアフリカと古臭い冗談を言う気は無いが、正直プロイセンからスペインは遠い。国境を接するフランス、ポルトガルが軍事的な衝突がありはしないかと一番に気を揉む。ましてフランスは革命と政変を繰り返してきた。ナポレオン3世は冷や汗をかいているに違いない。

 革命の気運が伝染しはしまいかと危ぶんだが、日が経つにつれ、取り越し苦労と感じられた。そこのところが進歩派を自認するボーションには不満らしい。市街地で騒乱が起こったらカフェで座って呑気に自説を開陳する余裕なぞあるまいに。綺麗事で争いは済まない。

 ボーションは新聞や原稿を持ってきて拡げた。大使館で得られない情報があるだろうか。巴里のインテリ層が今回の出来事をどう捉えているか窺えればそれでいい。

「スペイン女王は迷信深い、いいえ信心深くて、開明的でないと記事に書かれています」

「不信心な態度の君主でも評判が悪いだろうに」

 そう答えると、ボーションは顔をしかめた。

「スペイン女王の聴罪師のクラレット神父とパトロシニオという尼僧を重用したとあります」

 単なる話し相手を超えて政治に意見する聖職者なら問題になる。

「パトロシニオ尼には聖痕があるそうですよ」

 言葉にしないが、ボーションの口調と顔つきで言わんとすることは判る。磔刑に処されたイエス・キリストと同じ箇所に傷跡があるのは単なる自称ではないはず。きちんと教会内で調べて認められたのだろうが、十九世紀の世の中で奇跡を無条件に信じる気にはならない。フランスでもスペインと同じカトリックが主流のはずだが、かれは人ならざる御業(みわざ)に懐疑的なのだろう。一方でそれを信じる純粋な人たちもいる。こちらが悪魔だ不届き者だと糾弾されては堪らないから、はっきりとは口にしない。

「流石に神に祈る為の言葉と自負されるスペイン語の国の女王様ですね。こちらは馬と話す言葉と呼ばれる言語のゲルマンの出身ですから感嘆するばかりです」

 自虐的になる必要はないでしょう、とボーションは皮肉で返した。

「自虐ではないですよ。何事も程度があるってことです。個人的には信心深くて、聖職者に相談を持ち掛けるのは悪いことではないはずです。ただ一国の君主と商家の女将さんとでは同じ振る舞いはできない。そうでしょう?」

「俗世の人間と出家者とではそもそもの優先順位が違います。為政者がそれを判っていなかったら国民は迷惑だ」

「教会からのウケは良かったようですね」

「お祈りや懺悔は大切ですが、それで小麦の不作や食料品の価格の高騰は解決できません」

 人はパンのみにて生きるのではない、しかしパンがなければ生きられない。

 スペイン女王とその家族は生き延びる為、国に留まる選択をしなかった。君臨した生国から逃げ出し、フランスへ亡命してきた。本人は退位していないと主張したが、革命政府からすれば女王は自ら玉座を捨てたのだ。スペイン王位は空位となった。かといってスペインは王政を廃止すると宣言していない。完全に共和制に移行させるのか、ボルボン朝の親戚筋を迎える工作をするのか、今後の動向を見守るしかない。

「国民の声を聞こうとしない君主はいずれ位から追われるのが運命です。

 我がフランスもどうなることやら。帝政批判のジャーナリストを捕らえて裁判に掛けようだなんて。嗤われていると気付いていない」

 ジャコバンの生き残り、『目覚め』誌のシャルル・ドレクリューズのことか。

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