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君影草  作者: 惠美子
第四十三章 激しい風の吹くままに
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 その後、レオニー・レオンが巴里に居を移したとか、招待したから是非会ってくれなどとラ・パイーヴァに声を掛けられることもなく、日々が過ぎた。

 夏が名残惜しそうにしながらも秋の訪れを体感させてくれる九月、その月も末になる頃、スペインから驚くべき報せがもたらされた。

 革命軍蜂起。スペインのカディス湾で海軍の艦隊が集結して反乱の烽火を上げ、スペイン各地の不満分子が手を結んだ。あれよあれよという間に革命評議会が結成され、現政権は意気消沈してしまったようだ。革命政府が樹立されれば次は旧政権の粛清が行われるのではと予想される。スペイン王家は恐慌状態に違いない。

 カフェで新聞の見出しに、また声高に異国の革命を褒め称える店内の客の声に仰天して大使館に馳せ参じた。大使館ではスペインの駐在官からの電信を受けて状況分析に当たっていた。時系列順に革命軍の動きを書き出す者、スペイン政府からの表明はどうかと尋ねる者、プロイセン本国の態度の確認と打電する者と忙しい。駐在武官は出勤を告げて、大使館近辺を警戒しつつ、待機だ。

「スペイン出身の皇妃の手前、フランス皇帝は知らぬ顔をできないだろう」

「しかし、スペインに出兵してもフランスに益はない。イングランドでチャールズ2世が、フランスでルイ16世が、メキシコでマクシミリアン1世が刑場に引き出されても他国の王族は憤りはしても救出はできなかった。今回だとてせめて自国に飛び火しないでくれと対応するだけさ」

 スペインと言えば紡績業、情熱的な南国としか知識がなく、関りも薄いので傍観者になってしまう。

「ゴルツ大使は先程テュイルリー宮からお戻りだ。皇帝か皇妃からの話を本国に報告するのを書記官とまとめていらっしゃると思う」

 どこの国でも革命の火の粉が舞い込むのは避けたい。その為に何をすべきか。一介の士官の知恵など及ばぬご苦労がおありだ。

 伯林(ベルリン)の参謀本部から指示があるかも知れないし、俺自身もスペインの状況を頭に叩き込んでおかなくてはならない。職務に励む大使館員の邪魔にならぬよう、閲覧できるものを借りてきて目を通す。

 スペインでは鉄道事業が不振と聞いていたが、そのほかにもフランスでの金融事情やアメリカ合衆国での内戦終結が大きな影響をもたらし、彼の国でも経済的な不況であった。一方でイザベル2世は進歩派や保守派、ころころと信任する内閣を変えたと報じられている。ある臣下の政策が上手くいかなかったから別の献策を述べてくる臣下に権限を与えた、君主の役割はそれで果たしたと考えたのかも知れない。景気が好転したなら英断と称えられただろうが、政治方針に一貫性がなければ混乱を招く。不作による食料品の値上がりと金融不安で商工業が縮小しているのも手伝って、ここ一、二年で女王はスペインの国民の、特に軍人から支持を失った。

「名誉あるスペイン万歳!」の掛け声ととともに人望ある軍人が指揮を執って叛乱を起こしたら、それを止めるよりも後に続こうとする者たちばかりになってしまった。今のところ確認できる情報では、スペイン国内では王室と政権を守り、革命軍と戦おうと呼び掛ける勢いは極めて弱い。去年メキシコで皇帝が銃殺刑に処された記憶が新しい。真逆(まさか)と思うが、ヨーロッパ各国の君主は最悪の事態まで想像しているのではないか。

 スペイン女王夫妻がどれくらい国民の人気を得ていたのかまでは判らない。ただ革命軍優勢の様子からして、「女王陛下万歳!」で盛り返す望みは薄そうだ。

 フランス皇妃がイザベル2世への尊敬の念を抱いているかどうかは別として、母国の君主の苦境を無視する態度を見せられまい。ナポレオン3世にキーキーと詰め寄る姿が眼に浮かぶ。

 普墺戦争で地位を失った君主がいて、今また叛乱で地位を追われようとする君主がいる。

 人の世で不変のものなどないのだろう。

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