二
ラ・パイーヴァ邸に顔を出せば、また同じようにからかわれる。
「大尉さんったらあれからちっともお太りにならない上に、また痩せてしまったみたい。きちんと食べていらっしゃる?」
そちらこそ節制は大切だと言いたいが、笑って誤魔化した。
「ドーヴィルにいらっしゃったんですって? あちらは競馬場も遊戯場も、確か劇場もあったかしら。退屈しなかったでしょう?」
「海を見るのは初めてでしたから、海岸にいました」
「あらまあ。確かに山と違って動きがあるわねえ」
ラ・パイーヴァと俺とでは人生の楽しみ方が違う。それを説明する気はないし、多分、俺も、彼の女が今の地位を得るまでの辛酸を詳しく聞かされても理解は難しいだろう。親し気にしていても、意見も目的も異なるのはお互いに承知だ。
「巴里の街も退屈しないで済んでいるわ」
ラ・パイーヴァは館の客たちを見回す。来訪者たちを好きに探っていらっしゃいと言外に告げている。
「ノルマンディーでの海風は爽やかで身も心も洗われるようでした。
ですが都会は都会のきらびやかさがあります。マダムのお宅での集いはどんな場所での賑わいにも比べようがありません」
「有難うと言っておくわ。わたしがわたしの家にお客様をお招きするのですから、当然よ。暇を持て余すなんて一切ないわ」
挑発的ともいえる眼差しは、皇妃御用達の宝石店カルティエに並べられる大粒の宝石よりもよほど人を惹きつける。二十代、三十代の頃の色香がどれほどだったのかと、想像したくなる。だが、麗しき女主人は数々の男をたらしてきた優艶な目付きと仕草を消して、世話焼きの小母さんさながらの顔つきを見せた。
「以前あなたがここに連れて来たお嬢さんがいるでしょう? マドモワゼル・レオニー・レオン」
言われて記憶の底を探る。巴里で知り合った女性を連れてきてみろと試されて、カフェで出会った印象的な容貌の女性。フランス宮廷の秘密警察の役人の愛人だった女性と気付かず、俺はここに案内した。
「お便りの遣り取りをしているのよ」
「おや、小官とは何もなしですが、女性同士、気が合ったというやつですか?」
ラ・パイーヴァは微笑みを浮かべ、その笑みに裏があるのか読み取れない。
「可愛らしい方なのよ。ついついお世話してしまいたくなるような。
やはり巴里が恋しいと言って、また巴里で暮らそうと、どうにか伝手を見付けて出てくるそうよ。わたしもできるだけお手伝いをするつもり」
伝手とはフランスの軍か秘密警察と関りがあるのか、違うのか。ラ・パイーヴァが手を差し伸べようとするのは単なる親切心か、レオニー・レオンをフランスと何らかの駆け引きに道具に使えると踏んだのか。
物事を素直に捉えられず、裏があるのではと考えを巡らす自分は大人になったと思うべきか、人の善意を信じられないひねくれ者と嘆くべきか。
「優しそうな女性でしたね」
レオニー・レオンは風に流され散る花に似た、年齢の割に感じやすく、世間ずれしていない性格だったと覚えている。一、二度会ったくらいでどんな人間か判るものでもないが、自分の印象を損なわれたくない淡い願いがある。
「マドモワゼルは甥っ子の――甥っ子でないのは判っているけれど、そこは話を合わせてあげないと――、お子さんの教育を考えて都会に出たいのよ」
まあ、(結婚しないで)愛人との間の子どもを甥と言い繕って生活しているのだから、レオニー・レオンも野の花のごとく純粋可憐でいられないか。
「マドモワゼル・レオンが小官を記憶しているでしょうか?」
「忘れはしないでしょう。何といってもあなたはわたしとマドモワゼルを会わせてくださった殿方なのですから」




