十一
「ここは陸地の果て。最果ての地に二人で立っているってなんだか素敵じゃない?」
「ああ、本当だ」
俺が達者に泳げるのなら、もし舟が手に入るのなら、ベルナデットと二人、一切の軛を断ち切って海へ旅立つのもいいかも知れない。今いる場所こそ故郷と言えればどれだけ気楽か。
鳥のように気持ちがさまよいながら、鳥のように自由に巣を作れない。
海岸では昼間海から風が吹く、と聞いていた。日差しを受けて、海と陸では気温が違うから自然風向きがそうなるらしい。遮る何物もない海から冷気を纏った大気が押し寄せてくる。飛ばされそうになった帽子を押さえ、目を細めた。
巴里と比べてそうそう日差しが弱いと言えないが、人の数が違い、吹き抜ける風の勢いも違う。暑く騒々しい都会を逃れて来たと実感する。
「あなたの側にいられるのがこんなに嬉しいなんて。
一緒に旅行できて本当に仕合せ。みんな感謝してるわ」
ベルナデットが眩しい視線を向ける。
「礼の言葉なら皆からずっと聞かされっぱなしだ」
「心から楽しんでいる証拠なんだから、素直に聞いて肯いていればいいのよ」
ラ・ヴァリエール家の面々は礼儀正しさを忘れない。遠慮しないでくれとも思うが、変に馴れ馴れしくされるよりはマシか。こうしてベルナデットや伯母たちに喜んでもらえて、俺も心を尽くした甲斐がある。
同じく波打ち際にいるルイーズが貝殻を拾ったと駆け寄ってきた。
「ちょっと割れてるけど、内側が宝石みたいにキラキラして見えるわ」
「あら、ほんと。綺麗ね」
白い貝殻は真珠とまでいかないが光沢と微妙な輝きがある。ルイーズはおばあちゃんたちにも見せてくる、と日傘の元に向かい、俺たちも戻った。
「綺麗でしょう。削ってビーズにしたら面白いかしら?」
「どうかしらね。ビーズにしたいのなら一つじゃ足りないでしょう? このまま持って帰ってしばらく飾っておいたら?」
現実的な母親の提案にルイーズは考え込む。若い娘はすぐに飽きるか、熱心に打ち込むか、どちらとも判じえない。俺が尋ねられても同じように答えるだろう。
「シャルロットやジャンヌに見せたいのなら貝殻のままがいいし、まだ似たようなものが拾えるかも知れないから探してみたら? わたしも行ってみるから」
伯母は孫の友人の名前を出した。ルイーズは預かってて、マリー゠アンヌに貝殻を渡して、マリー゠フランソワーズの手を取って、ゆっくりと波打ち際へと足を進めた。
「なんだかんだと母は孫に優しいし、ルイーズもおばあちゃんが好きね」
マリー゠アンヌは大きく息を吐いた。
「母親と娘を遠くから眺めて呑気にしているのもたまにはいいわね」
「アンヌだってまだまだ母親一方でいる気はないでしょう?」
マリー゠アンヌは異父妹の言葉に可笑しそうだ。
「そりゃあ幾つになっても女でいたいわよ。ただこちらに都合や好みがあるからね」
おや、俺は聞かない方がよさそうな話題になってきたか。マリー゠アンヌは気にしないでくれといった眼差しを寄越した。
「小娘の頃は好きな相手と一緒にいられれば何要らないし、すべてを捨てたっていいってのぼせ上っていたけど、年取った親がどうとか、娘はまだ独立できるか心配だとか、店の経営がどうとか頭の片隅にあると、自分についてきてくれればいいと抜かす男はごめんだと冷めてしまう。人間、立場があると不自由ね」
「ええ、不自由だからこそ、こうして立場を忘れて過す休みが必要です」
「いい機会を与えてくれて感謝しています」
ベルナデットが姉の言葉に何を感じ取ったのか、俺には読み取れなかった。水平線へ向ける眼差しにあるのは迷いなのか夢見る未来なのか、もやがかかっている。




