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君影草  作者: 惠美子
第四十二章 さまよい
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 俺はそっと隣のベルナデットの手を取る。伯母には見えない位置だが、ルイーズの目には入る。

「軍人さんは大変ね。

 写生は士官学校で必須なの?」

「ああ、地図を読み込み、作戦の説明をするのに絵心があるほうがいいから」

 偵察の結果、地勢を描きだす為、それくらいは考えずとも判るだろうから言わない。

 写生の画題で牧場に行くのは近いからなのかしら、とベルナデットは続けた。

「遠かった覚えがある」

「いろんな所に行けるのはいいなあ」

 と、深い考えもなくルイーズが言う。

「軍人さんはいろんな所に出向かなくちゃいけなくて大変よ」

 そうね、とルイーズは肯いた。軍人の派遣先は国をまたぎ、時によっては故国と国境を接していない場所にまで赴く。

 それはそうと、と俺はラ・ヴァリエール家の皆の顔をぐるりと見直した。

「八月あたりにまとまったお休みは取れませんか?」

「来月に?」

「ええ、汽車でノルマンディーの海岸に皆で行きませんか?」

 ベルナデットが俺の手を強く握り直した。一家を連れて泊りがけで出掛けられたらどうだろうとベルナデットと二人きりの時に話して、彼の女は素敵だと喜んでくれた。二人きりで出掛けたいところだが、幾らなんでもそれは無茶が過ぎる。家族全員で行くなら問題あるまいし、それはそれで楽しかろう。住まいを離れた場所でのんびり過すのはいいものだ。

「南仏は遠くて時間が掛かりますが、ノルマンディーなら往復にそれほどかからないで済みます。ゆっくりと日光浴と海辺での景色を楽しめます。二泊か三泊でどうでしょう?」

 皆は顔を見合わせた。戸惑いの色があった。少しの間考えて、伯母は答えた。

「わたしは行かないわ。若い人たちで行ってらっしゃい」

 俺は目を見開いた。遠出が難しいほど伯母の足腰は衰えていない。何も遠慮はいらないのだから甥の提案に乗って欲しい。

「巴里の中で出掛けるのなら喜んで行くわ。でも泊りがけとなるとね、ちょっと疲れそう」

 意外そうにベルナデットが言った。

「日帰りの強行軍をしようと言っているのじゃないのだから、そんな体に堪えないと思うわよ」

「そうかしら?」

「そうよ。皆も一緒なら疲れやしないわよ」

 伯母は即答しなかった。

「今すぐに決めなくてはいけないかしら? もう少し考えさせてちょうだい」

 ベルナデットと俺は視線を交わした。笑顔で受けてもらえると期待していただけ、握手で差し出した手を押し返された気分だ。親しい人たちといっても自分と同じように感じ、考えてくれるとは限らないと改めて気付かされ、胸が重い。

「おばあちゃんが行かないならわたしも行かないかな?」

 ルイーズまでなにやら難しいことを言う。

「ルイーズは前に海を見てみたいと言っていなかった?」

「だったらノルマンディーじゃなくてブルターニュのほうがいいなあ」

 ブルターニュだとまた道筋が変わるし、遠くなかろうか。道程を考えずに口に出すのは気楽だ。いや、ルイーズはいいも悪いも頭にないのだろう。

「ブルターニュで気になる場所があるのかな?」

「えっとね、なんだっけ。クイニー・アマンってバターをたっぷり使った甘いパンが名物だっていうから、食べてみたいの」

 具体的な旅程を練ってから提案した方がよかったかも知れない。

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