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君影草  作者: 惠美子
第四十二章 さまよい
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 フランスの国政に対して権利がないのは俺もラ・ヴァリエール家の女性たちと同じだ。この点の一致は妙に可笑しい。

 違うのは俺が故国へ戻れば国民として国政参加の権利を持ち、巴里の地でも政治や軍事、経済に関して論じても生意気だの、たしなみに欠けるだのの目では見られないことだ。女性が望んでいるか否かは別として、女性は保護される存在とみなされている。

 権利なくして義務はなし。

「去年のクレディ・モビリエ銀行の騒ぎは心配したほどではなかったから安心していたのに、またとんでもない話題が飛び出して、驚きだわ」

「世の中、幾らでも不満の種は転がっているのよ。お喋りの話題に事欠かない」

 マリー゠アンヌとベルナデットは肩をすくめた。

「巴里の都を改造すれば、それまで住んでいた人たちはどこに行けばいいんだとなるから、一事が万事。新しいことを始めれば、壊される古い物がある。

 こちらにとっては便利で安全になるのなら賛成しますとしか言えないわ」

「そうよね。ここはコリゼ通りでシャン゠ゼリゼ大通りの(そば)。道幅は広い、人通りは絶えない、夜になればガス灯があるから真っ暗闇の怖さがない、多少騒がしいぐらいなのを我慢できればここはよい住まいだわ」

 通いの経理の男性がいるほかは女所帯。用心棒とはいかないが、できる限りは顔を出し、アンドレーアスが来仏した折には顔をこまめに出させよう。少しでも心強く、頼りにしてくれればと思う。『ティユル』に住み込めないから、自身の中での言い訳でもあるが、少しでも安心してもらいたい。

「このまま気持ちのいい季節のままだといいのにねえ。だんだん暑くなっちゃう」

 ルイーズは子どもそのもの発言をした。

「何を言っているんですか。誰だって暑くて汗をかくのは嫌だけど、春の次は夏が来なければ、農作物が実らなくなっちゃうでしょう? 夏暑くて、次に秋が来るからこそ実る果物がある」

 マリー゠アンヌが母親らしく諭すと、伯母も同じように語った。

「街で暮らしていると判りにくいけれど、巴里からちょっと出れば畑や果樹園があるからそんな景色を見てみればいいわ。いつ麦を刈るとか、桜桃や林檎、(すもも)が樹になる時期、それぞれよ」

 それくらい知ってるもん、とルイーズは拗ねた。

「糸の紡ぎ方だって知っているし、布の織り方だって工場で一気に作れるようになる前のやり方だって知っているわ」

「偉い偉い。勉強熱心だものね」

 とベルナデットは慰め顔で言った。

「もう、赤ちゃん扱いしないでよ」

 家族で揃うと、どうも一番年下のルイーズが可愛い娘の立場になってしまう。実際その通りなのだが、大人になろうとする年頃としては面白くなかろう。見ているこちらも可愛らしいと思うのだが、懐かれ過ぎるのはよくない。

「お兄さんだって畑仕事なんか知らないでしょう?」

「知らないことは沢山あるさ。ルイーズだって学校で習う事柄が色々あるのは知っているだろう? アンドレーアスが商業学校で学んだ内容だって俺が士官学校で学んだ内容だってそれぞれだ。士官学校で写生をしに牧場に行って牛を見たり、野戦で食料が尽きた時の為に食べられる野草を覚えさせられたりがあった」

 ルイーズは目をしばたたいた。

「森や野原の草を食べたの?」

 士官学校で理論指導の後は実践だ。

「勿論食べた」

「お腹を壊さなかった?」

「きちんと調べた上だから平気だった」

 すごいわねえ、とルイーズは感嘆の声を上げ、俺はベルナデットに笑い掛けた。ベルナデットも俺を見詰め返し、微笑む。

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