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君影草  作者: 惠美子
第四十二章 さまよい
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 有名な小説家の新作や随筆を載せなくても、過激な記事が受けて話題となって売れ行きを伸ばす新聞、雑誌がある。出版法の緩和で雨後に生え出す茸のごとく次々と新聞、雑誌の創刊が続いた。帝政を嫌い亡命先で暮らすヴィクトル・ユゴーが関心を寄せて自身の主導による出版を考えていると、どこまで取材したのか不明な記事まである。創刊された雑誌全てを追いきれるはずもないが、目立つようなものを買って読み、自分の感想と共に市中で拾い上げた意見を添えて伯林(ベルリン)へと報告した。

 言論の自由を拡げたといっても、政策への建設的な意見は少なく、専ら政府批判、帝室批判となっている。献策や、議会は健全に運営されているか、野党の仕事ぶりはどうかといった意識、時に警告する重要さについて記者たちは重々承知だろう。ただこういった記事は受けがよくない。それに元から帝政に反対の層が存在している。帝政批判が受ければ更にまた、とどんどん論調が辛辣になっていく。ナポレオン3世が考えていた自由帝政とは自由に皇帝の悪口を言っていいものなのかと失笑したくなる。口の悪い学生だけでなく、雑誌の受け売りを頭から信じ込む人の()さそうな仁まで「バダンゲ」とナポレオン3世の悪口を言っている。二十年以上も前の脱獄で使った石工の変装姿からくるあだ名で呼ばれるも気の毒だ。止める気はさらさらないが。

 過激な論調で政府批判をして発行停止を喰らい、雑誌『角燈(ランテルヌ)』の主筆で発行者のロシュフォールが亡命する騒動があった。言論界はそんな程度で沈黙しない。あとに続けとばかり筆鋒は鋭くなるばかり。新聞『目覚め(レヴェイユ)』ではナポレオン3世のクー・デタの際に銃撃で死亡した共和派の議員ボダンを記念する銅像を建てようと募金を呼び掛けた。

『目覚め』の発行人はシャルル・ドレクリューズ、大統領のルイ゠ナポレオン・ボナパルトがクー・デタで皇帝位に就くよりも以前から共和左派として活動していた人物だという。もしかしたらリオンクール侯爵の監視の対象の人物のジャコバンの生き残り、なのかも知れない。七月王政の頃から共和主義の活動をし、当局の摘発を受けては亡命や潜伏を繰り返し、第二帝政時には遂に逮捕され、ギニアの悪魔島に流された。七年後恩赦でフランスに戻り、雌伏の時間を経て、出版法の改正でまた息を吹き返したように帝政への攻撃を始めた。聞くところによるとドレクリューズは六十に手が届こうとする年齢。闘志に年齢はないらしい。

 本気で銅像を建てる気なのかと、こちらは思う。言論人がクー・デタで命を落とした共和派議員を殉教者のごとく持ち上げるのを、政府が黙って見過ごすはずがない。

「ボダン先生がバリケードの上に立ったのは、無気力な市民を蜂起させようとした行動だったのだけど……。お年からいって当時をまったく知らない訳ではないはずなのに、大統領が皇帝に即位したのがよほどの屈辱だったのね」

 政治的な信条というより、争いや騒ぎを嫌がる伯母はドレクリューズの起こした募金運動には複雑な思いがあるらしい。

「自分は正しいと信じている人は時に厄介よ。他人に強制をし、損害を出しても気に病まない。失敗に終わっても無駄ではなかったと反省しない。

 バリケードを築くのはいいけれど、それを綺麗に片付けるのはひと苦労」

 戦い終わっての戦場の荒れ方よ。倒れた人や牛馬、散乱した武器弾薬を回収して去っても破壊された環境は元通りにならない。ましてやはがされた石畳などの物を投げつけられて店の扉や窓を壊されても商店主は誰を恨んだらいいのか、被害を嘆くしかできない。

「実際に捕まって監獄に入っていたドレクリューズは自分の信条に従って行動するのに何の疑問も無いのでしょう。賛成する人たちが出ています」

「わたしには思い及びもつかない世界だわ」

 言論人たちのように、フランスにどのような政体が相応しい、共和制こそ理想といったような政治に対しての強い意見を伯母が持っている訳ではない。参政権のない女性が我が手で世の中を改革しよう、我が方策を喧伝しようとは普通考えない。近しい男性に委託して望む政策を実行させるのは、フランス革命時のロラン夫人やイングランドのナイチンゲールのような女性でなければできなかろう。そしてそんな女性は稀だ。万事穏やかに済ますことはできまいかと思うのとごくごく自然だ。

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