二
とはいっても仕事は仕事で、大使館に行かない理由にならない。特にゴルツ大使のお供を仰せつかればシュタインベルガー大佐とて俺を呼び付けられないので、そんな日は呑気に大使館で過せる。
仰々しい衣装で仰々しく歩を進めて、愛想のよい表情を仮面として対する人の本音を探ろうとする公式の場。大分数をこなしてきた。
「オーストリアで皇妃のご出産が無事に済んでよろしうございましたね。お美しい皇女様でいらっしゃるとか」
「オーストリアは皇女様で安心しているのでしょう? 男児だとハンガリー王国がその男児を国王にして独立するとか言い出すから」
「さあ? でもオーストリア皇帝の皇子はお一人きりでしょう」
「我がフランスだって皇子がお一人きり。いなくてお世継ぎをどうするで争いになるのも大変ですけど、継承権を持つ人たちが多くても争いの元ですから」
「広い国土を治める方々は気苦労がおありでしょうね。おまけに乗馬好きのオーストリア皇妃様は名馬の産地のハンガリーがお好きなものだから、維納宮廷ははらはらしていたみたい。乗馬の巧みなハンガリー貴族が大層お気に入りだと酷い噂まで出る始末」
「クレディ・モリビエ銀行の倒産危機のお陰で昨年は損が出た」
「こちらも同じですよ。やはり投資先は分散すべきなのでしょう。
鉄道資本はぼちぼちとうまくいっています」
「ヨーロッパ諸国、アメリカ合衆国も鉄道での物資の輸送、人の移動に欠かせない」
「ピレネーを超えてのスペインにも鉄道資本で参入しているのでしょう?」
「羊毛と綿花はあちらの主要な産物、買い付ける側も真剣ですよ」
「スペイン王国側は鉄道の敷設と運行に注文を付けるのに精一杯で、まだまだ利益を上げるところまでいっていない。フランス資本は注文通りに売って、お代を払ってもらう立場に過ぎない。基盤を整えるまではやってあげても、国内産業を興隆させるのはその国の統治者の責任。広大な土地、暑くて乾燥しがちな気候でも、鉄道があればいくらでも活用のしようがある。周辺国の資本家に儲けを持っていかれないように工夫するのは向こう側」
「スペインもイングランドと同じ女王様を戴く王国だがなあ……」
「スペインの女王陛下についてはいい話よりもよくない話ばかり耳に入る。彼の国出身の我が国の皇妃様も穏やかな気分でなかろう」
金融危機の影響や有力な投資先の話題が気になる。どこの国でも不敬だと前置きしながら王族を悪く言うものだ、まったく。
「出版法を届け出制に改正して、我も我もと新聞や雑誌を創刊すると役所は申請書の山となっているそうじゃないか?」
「新聞王ジラルダンは新聞に広告を載せて代金を安くして読者を増やした。真似をしたければ多くの広告提供者を集めなければいけない。変な性格の雑誌に広告を載せたら当局に睨まれかねないと、企業は契約には慎重になるだろう? 広告なしで人に読ませる読み物を安く作れるか?
判る奴にだけ通じればいいって気位高いだけでは赤字になって続かんだろうよ」
「広告なしでいいからなんて後援者が今どき現れるとは思えない。目玉になるような小説連載でもあれば別か」
「この作家の新作なら是非とも読みたいってのには誰がいる?」
それぞれ好きな小説家がいるとみえて口に出してみて、もう年だの、女流は好きでない、誰だそれはと、まとまらない。
「プロイセンの大尉さんはフランスの小説は読まれるのかな?」
俺にお鉢が回ってきた。
「ええ、読みますとも。デュマもサンドも。でもやはり母国語の小説が読みやすいです」
にっこりと答えると、ごもっとも、と返事がきた。




