一
春のお祭り、復活祭の四十日後の昇天祭、五十日後の聖霊降臨祭、今年は五月のうちにぎりぎり入った。降誕祭前ほど熱心ではないが暦を数えて、この日は教会に行こうか、祭りの賑わいを楽しもうかと、仮初の予定を頭の中で組み立てる。頭の中では好き勝手にできる。いつの間にか仕事やよんどころない事情で顔を合わせざるを得ない方々との挨拶や時節の話題の文言をついつい考えてしまい、こんな模擬戦は詰まらんと投げ出すこと数回。ベルナデットとのんびり二人きりで過す空想が長続きしない自分の融通の利かない性格が嫌だ。こんな時はくずぐずと考え事にふけらずにいる方がいい。
気分よく体を動かしていると、意図せぬ見物人が現れた。
「体を動かすのにシャツ一枚でも寒くない気温になってきましたが、なんだって大使館の中庭で大尉は体操をするんですか?」
大使館でヤンセン曹長とハウスマン少佐が珍しい物でも見たと言わんばかりだ。
「他所で体操をしていたら目立つんですよ。ここなら多少ドタバタしても武官のやることは誰も気に留めない」
自分でも不機嫌な面をしているのが判る。ハウスマン少佐は俺に気にせず笑い声をあげた。
「確かに市中の探索をする者が市民の目を引いて顔を覚えられるのは困る。鍛錬する場所は大切だ。
小官で良ければフェシングで一手どうだ?」
冬以来、体力が落ちて、回復が遅れている感覚が続いている。少しでも早く力を取り戻したい。と常々思っている。それでなくても三十前、成熟する前に衰えたくはない。春、上着を脱いで動いていれば汗ばむ日も増えた。大使館に来たついで、中庭で南部軍団にいた頃やっていた鍛錬を思い出して、一人で体操をしていた。見物されるくらいなら初めからヤンセン曹長を誘っていれば良かったかと後悔した。が、ハウスマン少佐が一手ご指導してくださると仰言る。喜んで乗ろう。
「有難うございます」
自分で誘ってきただけあって少佐はフェシングが上手い。少佐から一本取られてばかり。やっと少佐の二の腕にフェシング用の剣が届くと思った瞬間にはこちらの腕が突かれる。情けなくも息が上がって参りました、休憩しましょうと、俺の降参だ。
「前進すればいいってものではない」
と少佐は余裕を見せた。
「センスを磨かなくてはいけないようですね」
「秘訣は色々あるがね」
ハウスマン少佐は秘訣とやらを口にしない。
「こちらも体を動かしたかったからよかった。いつでもお相手するから遠慮しないでくれ、アレティン大尉」
年若を手玉に取れたと得意げだ。まあいい。こちらも中庭で体操したり駆けまわったりしているより余程気分がいい。
「少佐が酔って歌を歌う時よりずっとご機嫌がいいです」
とヤンセン曹長がこっそりと囁いた。俺は少佐が酒を飲んで歌っている所を見ていないので何とも言えない。
「少佐はシュタインベルガー大佐に大尉にフェシングで勝ったと自慢しますよ。そうしたら今度は自分と手合わせしろと大佐が言ってきます、絶対に」
「大佐もフェシングは得手なのか?」
「大尉よりは」
しばらく大使館に寄り付かないことにしようか。




