九
「こうして忘れずに来てくれて、花束をもらえるのは嬉しいわ」
「あなたの笑顔を見られるだけで仕合せだ」
店内なので額と額を合わせる程度に抑えて腕を解いた。勿体ぶって言ってみた。
「お嬢さん、今度の日曜日に散歩にお誘いしたいのですが、ご都合はいかがですか?」
ベルナデットは微笑み、喜んで、と答えた。店にいるお針子たちが目配せして笑っている。悪意あってのものではないので気にしない。それでもマリー゠アンヌがぱん、と手を打った。
「ここではその辺にしておいて。さあ、みなさん、お店を閉めた訳じゃないから仕事に戻りましょう。
ごめんなさい、お話しが続くなら上に行ってね。ベルナデット、手が足りなくなったら呼びに行かせるから」
「有難う、そうするわ」
忙しい所失礼します、と声を掛け、階上のベルナデットの部屋に行った。ベルナデットが照れたように肩をすくめた。
「わたしったら嬉しくってはしゃいでしまった。皆はわたしとあなたのことは承知しているのだけど、さっき店にいた子、スザンヌはいい人とうまくいかなくなったとか言っていたから、気に障ったらいけないもの」
「そういうものなのか?」
俺の顔も名前も、雇い主とどんな間柄かもお針子たちは周知なのだから気にしないし、こちらが気を遣う事柄でも無いような気がするが、ベルナデットやマリー゠アンヌからしたらそうでもないらしい。
「わたしたちはお店や作業室で顔を合わせて一緒に仕事をするでしょう? わたしばっかりあなたと仲良くして浮かれているのを見てスザンヌがますます落ち込んだり、ほかのお針子たちが同情したりして、衣服の仕上がりが悪くなるのは絶対いけない。一軒のメゾンの中で仕事に励んで、お喋りや食事があって、住み込んでいる子もいるから寝室も一緒と親しくなっている同士もいる。そういうね、連帯感みたいなもの、壊せないの。
それに」
ベルナデットは上手に説明できているのか、不安そうだ。
「お給金を払っているからって尊大にしていいって法はないでしょう? それこそ貴族でも大資本家でもない、顧客の前で澄ました顔で対応するけれど、こちらだって母はお針子から始めて店を持ったのだし、わたしだって他所の店にお針子修行にも行った。だから元は同じ、わたしとあなたたちは違うんです、なんて振る舞い方はできない。共に働いて信頼感を大切にしている。仕事に私事を持ち込むのは厳禁なのはお針子たちもわたしも変わらない」
ベルナデットの眼差しに、どんな仕事でも真剣に取り組まなくてはならないと、肯かざるを得ない。
「大切な仕事の邪魔を、中断をさせてしまって悪かった。
アンヌもあなたもお針子たちの模範にならなくてはいけない存在なのに、あなた会いたさに失念していた」
「いいえ、あなたは仕事の時間帯には裏口から声を掛けてくれるし、来るのも休み時間や閉店の時刻近くで、きちんと考えてくれていると判ってる。スザンヌが気落ちしているのを知っているのに、わたしがはしゃぎ過ぎたの」
お針子の心情を思い遣る姿にまた心打たれる。
「心の内すべてを口に出せた? すべてを話せばもう何も心配ない。仕事にも俺との時間も心置きなく過せる」
ベルナデットは両腕を伸ばし抱きついてきた。




